得も損もない言葉たち。

日常を休まず進め。

あなたのクスッとをください。

血液3本分の解放感。

 

朝は、いつもより1時間もながく寝てからの出勤。

寝坊ではなく、夜の段階で目覚ましを一時間ずらす。

金曜日は、最高の朝であった。

いったいどうして、朝寝坊して出勤できたかというと、

朝いちばん、健康診断に行けと会社に指示されたからです。

 

 

一度、会社へ行ってから向かうという方法もあるですがね。

しょうがない、朝いちばんに会社が行けと言うのだから、

いつもより一時間長く寝てから家を出ることにしたわけです。

 

 

こんな朝は、しっかり朝ごはんを食べて、

新聞を読んで、ニュースにも目をやり、

珈琲なんかをたしなんでスーツに着替えたい気分。

しかし、残念。

塩分、糖分をあまり摂取して、

なにかに引っかかったら、色々ややこしいのです。

 

だから、とっても残念だけど、ぎりぎりまで寝るしかなかったのですね。

あぁざんねんだ。しあわせだ。

 

 

余裕に、余裕をもって、健康診断へ。

 

 

身長体重をはかる。

最近のやつは、身長を測るあいだに体重も測られている。

自動であたまの上にバーがおりてくるのを、検査院の女性が見守る。

そして、昨年度からの変化を教えてくれる。

だいたいの人は、身長の話はされない。

 

成長期をとうにすぎた大人にとって、

変化がおきるのはカラダの重みだけである。

タテには伸びずに、横に増えるだけなのです。

 

「ちょっと体重が増えているので、気をつけてくださいねぇ」

 

機械的なお姉さんのお話。

測定結果を見ると、たしかに3キロぐらい増えている。

だけどお姉さん、5ミリぐらい身長も伸びてるじゃないの。

 

大人にとって、3キロ増えることよりも、5ミリ伸びることのほうが、

ずっと珍しいことだと思うんだけどなぁ。

たしかに体重は増えてるよ。増えている。そうだな、痩せないとな。気を付けよう。

 

 

そこから、胸のレントゲンなんかをとったり、トイレで何かを採取したり。

あとは、聴力検査に視力検査。

 

 

ベッドに横になって、

カラダ中に、布団を干すときの洗濯ばさみを挟まれる検査もあった。

胸のあたりには、ペタペタとなにか吸盤をつけられて。

あとは、ジーッと天井を見上げる検査。

 

なんだろう。

 

すこしだけSF映画に出ているような気分なんだけど、

自分で表現してしまった「布団用洗濯ばさみ」が台無しにしている気もする。

結局、なんのこっちゃなく検査は終了。

はだけたシャツをなおして、次の場所へ行かされる。

 

 

 

そして、とうとう、

採血の部屋へとやってきたのです。

ぼくだって、もう立派な大人だ。

 

お会計はクレジットカードを使うし、

 

銭湯にひとりで何にも持たずにいけるし、

 

新聞はテレビ欄以外をちゃんと読んでいるし、

 

誰かに人生相談をされても無責任なことは言わないし、

 

髭だって毎日ちゃんとしっかり剃っている、

 

眠たい日は寝転びながらネクタイを結ぶこともできる。

 

 

だけど、やっぱり、

腕に針を刺すのは緊張してしまうじゃないの。

どんなにそんなに、痛くないって分かっていても、

どうしても緊張してしまう。というか、怖い。

 

ベンチには、他にもぼくと同じような大人がたくさん並んでいた。

 

採血を担当している看護婦さんが3人いる。

 

物静かに仕事をこなす仕事人、

まだ手際がぎこちないルーキー、

そしてパフォーマンスが豊かなベテラン。

 

 

ここは、ルーキーはお断りしたい。

分かっている、最初はみんなそうだったことは。

でも、こんなに大人がいるんだから、

ぼく以外の腕で練習してもらえたらなぁと心の中でお願いする。

 

 

「大丈夫、大丈夫やで~」

 

大きな声が聞こえてくる。

ベテランの看護婦さんの声が聞こえてくる。

 

 

「はい!力をぬいてやぁ~、そんな緊張せんと

 わたしの目を見といてくれたらおわるから~

 ほら、あと一本、血ちょうだいねぇ~ そんな痛くないでしょう?」

 

 

ベンチに、どことなく緊張感が走った気がする。

あんなに大きな声で話されるとは、

もしかしたら、とても痛いんじゃないだろうか。

子どもときに、予防接種を受けにいったときに、

看護婦さんがよく話しかけてくれたけど、

めっちゃ痛かったのをしっかり覚えているぞ。

 

しかも、なんだろう。

 

ビクビクしていることが、あれじゃ丸わかりじゃないのよ。

 

さっきも言ったけど、

お会計はクレジットカードを使うようなぼくなのに、

あんなに話しかけられたら、

周りの人たちはぼくの壮絶なビビりっぷりを想像するに決まっている。

 

そうなると、出ていくときにバツが悪いし、

おなじ会社の人なんかがいた時は、

どんな顔をして挨拶したらいいのか分からない。

 

 

散髪屋で、じぶんが希望しているおじさんが周ってくるのを祈った小学生時代と、

おなじように天明を待つぼくと、たくさんの大人たち。

 

「〇〇さ~ん」

 

 

名前を呼ばれて座ったそこには、

必殺仕事人がいた。

 

物静かに、力を抜いてくださいと言われ、

針が一瞬のうちにぼくの血管をつく。

チクッとしたけど、あとはボーっと自分のぬかれていく血液を眺める。

 

あぁ、こうやって殺してくれるなら、悪代官をやるのもわるくない。

中村主水に切られるよりも、ずっといいぞ。

 

となりからは、やっぱり、

「大丈夫、大丈夫やで~」が聞えてくる。

 

 

採血が終わった。

 

ちょっとだけカラダが軽くなった気がする。

気持ちのいい解放感だ。

たぶん抜かれた血液3本分の重さに違いない。。

 

 

注射が怖くて、

その緊張から解き放たれた、

そんな情けない解放感では絶対無いのである。

 

 

おなかが鳴る。

朝から何も食べていない。

そうだ、でも、気を付けよう。

 

なんてたって3キロ太ったんだから。

5ミリ伸びたけどね。