自転車に、想いを乗せて。
ぼくが、いつも乗っている自転車の話をします。
ぼくの毎日の営業活動は、自転車が相棒です。
坂道が多いエリアなので、
電動自転車が与えられました。
もちろん、いちばん古いおさがり。
それでも、アシストがあるだけで全然違うはず。
どんな坂道だって、スイスイっと……進まない。
おかしなことです。
ぼくの相棒は、
坂を登る時には、アシストせずに、
下るときに加速するのです。
平坦な道を走っていても、
突然走りだしたり、頑張ることをやめたりする。
スピードの緩急がものすごい。
まるで、
ぴょん吉に振りまわされる、
ヒロシのような気分です。
もしくは、
星野伸之に翻弄される、
助っ人メジャーリーガーのようです。
どちらの表現も、
しっくり来ない人はごめんなさい。
この相棒である電動自転車には、
まだまだ恐るべき能力が備わっていました。
いや、備わってないと言ってもいいでしょう。
ブレーキがまったく効かないのです。
いくら握っても止まらない。
なのに、加速アシストが発動する。
死の恐怖を感じながら、
足でブレーキをかけました。
「いつか死ぬ、車にひかれて死ぬ」
そんなことを声に出してつぶやき、
ぼくは即座に近くの自転車屋さんに向かったのです。
地域密着の自転車屋さんに飛び込む。
「すいません、ブレーキがきかなくって」
職人のおじさんが、
特殊な道具を使いながら相棒を触診。
幾つかのネジを締め直しながら、
おじさんは言う。
「こんなパーツの自転車は見たことないよ。そもそも道具がハマらないもん」
プロがさじを投げる、いや、道具を投げる。
「でも、おとうさん。ぼくには新しい自転車を買ってくださいって言う力がなくて…」
おじさんは笑いながら治療を続ける。
いつの間にか、触診は大手術に。
滴り落ちる汗。
「できることは全部やったよ。前よりはまだマシにはなったと思う。だけど、はやく買い換えてもらいなさい」
感謝の言葉を伝えて、財布を取り出そうとしたら
「お金なんて貰えへんわ。こんなの俺からしたら、直せてるとは言えん。ゆっくり乗って帰りなさい」
プロの言葉を聞きました。
直すということ、お金を貰うということに対する責任に、ずっと向かい合ってきた人なのでしょう。
支店への帰り道。
新品の自転車のように
ブレーキがきくようになった相棒にまたがったぼくは、
次に自転車を買い換えるときは、あの店にしようと決めたのです。
さて、レースがはじまります。
それぞれの思いが重なる戦い。
相棒にまたがって、歓喜の瞬間を迎えるのは誰なのか。
その裏には、
パーツを作る職人や、
舞台を支えるスタッフ、街の人たち、
みんなのドラマがあるはず。
ただの、早い者勝ちではない。
ツール・ド・フランス2016
人間ドラマを、楽しみましょう。