得も損もない言葉たち。

日常をひとます、休まず。

あなたのクスッとをください。

銀行員じゃなかったら。

 

「誰かに背中を押されないと進めない夢なら、諦めたほうがいいです」

 

これは、去年の春ごろに、とある人にぼくがかけられた言葉です。やさしい文面の中に紛れ込んだ、この言葉を読んで、その日から、「誰かのおかげで」とか「あの日のあれがあったから」とか、強く意識しすぎないようにやってきました。

 

 

それでも、いま思うと、有難い経験をくれた人や場所に感謝しかありません。

 

 

なぜ、いまこんな気持ちになっているかというと、この度、転職することになったからです。銀行員でいる時間はあと半月ほど。ようやく、スタートラインに立つことができました。

 

 

 

もし、銀行員じゃなかったら、いま自分はどこにいるのだろうか。そんなことを、最近よく考えています。なぜなら、この3年間、ぼくはこの肩書きに随分と救われてきたからです。

 

 

「どうして、銀行で勤めてるような人がここに?」

 

 

コピーライター養成講座や、ほぼ日の塾、そして転職活動の場においても、まず最初に聞かれるのはそれでした。

 

そしてぼくは、すこし得意そうに「いや…実は…」と、この道を選んだ話をする。目にとまるという意味で、ぼくはいいように銀行員を使いました。

 

 

今年の正月に、かなり凹んだことがあります。

 

「仕事変えたい…って嘆くことが趣味みたいになってきてる」

 

このままじゃ、ずっと、なにか一時的な物に喜んで、銀行員という肩書きの意外性で、みんなの反応を伺って、気づけば30歳になってるに違いない。休日にしてることが、ぜんぶ趣味なのだとしたら、ぼくの3年間は、ほとんどが「仕事を変えたい」だったのです。

 

 

なんて、情けないのだろうか。

 

毎年、初詣で祈ることが思いつかない自分が、なんだかすごく嫌になって、自分で自分の背中を無理やり押していこうと決めました。「ちょっとまってよ、いま仕事が忙しくてさ」とか言う自分を、無視して押しました。

 

 

アコヤガイって知ってますか?

真珠がとれる貝です。

 

真珠の作り方は、アコヤガイの中に石ころなんかを入れておくんです。そして、じっくりと時間をかけて、それはピカピカにかわる。何か、決定的な魔法がかかって、光りだすわけじゃないんです。

 

誰かにピンポイントで感謝を伝えるというよりも、この3年間そのものに、もっと感謝しなきゃいけないと、今はそう思っています。

 

なぜなら、すべての経験が、少しづつだけど繋がって、人生経験になっていると感じているからです。アコヤガイが真珠を作ってくれるように、ぼくの中に転がっていた石ころが、時間をかけて変わっていった。例えるなら、そういう話です。

 

 

どんな石ころだったのか。それはきっと、「悔しさ」とか「もどかしさ」とか、そういったドロドロの尖った石ころだったと思う。だからこそ、楽しそうにしてる人を見ると、お腹の中の石が弾けてチクチクと痛かった。「銀行員から、コピーライターを目指してるんだ!」と発言する瞬間は、その痛さを忘れたけど、じきにまた元どおり。

 

更新するように、なにかのセミナーに行ったり、講座に通うようになった。

 

 

 

でも、ある日以降、石ころの角が取れたんじゃないかと、そう思えるようになってきました。

 

 

それは、ほぼ日の塾に通った日です。

 

すべてを洗いざらいに書いて、「銀行員だから」ではなく、「銀行員だけど」という思いでエントリーシートを書きました。お金の話をするより、やっぱり、旅行・食べ物・趣味、いろんな話をぼくはしたい。

そんな感じのことを書いたと思います。

 

 

たくさんの同期の人たちと、並んで同じようにコンテンツを作る。周りの人たちは、みんなぼくが憧れていた業界で働いている。「やったるぞ」と意気込んで、書くこと、考えることに挑みました。

 

結果は、御察しの通り、悔しいものです。

 

 

でも、今回の「悔しい」は、自分を痛めつけるようなものではありませんでした。銀行員という肩書きを捨てて、塾生という同じ場所で学ばせてもらった。厳しい言葉をもらえた。

 

「銀行員だから」と強く言うのはやめようと、その時に思いました。

 

 

転職の面接では、やはり現職の話をたくさん聞かれました。以前のぼくなら、ここぞとばかりに「銀行員ならではっ」みたいな話を持ち出していたと思います。

 

 

でも、あの日のぼくは、肩の力がやけに抜けていて。出てきたのは、3年間でのお客様への感謝。たくさんの人生と関わりあってきたことの、すこしだけの誇り。あとは、しんどいところで、頑張ってやってきたという事実ぐらいでした。

 

 

名前の由来を面接官の人に聞かれたとき、ぼくはすんなりと答えることができました。それは、仕事でよく、お子様の名前について語り合ってたことがきっかけです。自分の名前について、よく「いい名前やな」と言ってもらったことを思い出しながら話をしました。

 

銀行員じゃなかったら、どうなってたか分からないけど、でも、銀行員でよかったと、今ならそう思えます。(退職願を書いた後だからこそ言えるけど)

 

 

 

自分の背中を自分で押したと、さっき書きましたが、結局ぼくは、たくさんのものに背中を押してもらってたのだと思います。

 

それは、このブログもそう。読んでくれる人がいる。何かコメントをしてくれる人がいる。そういった、毎日の時間の経過が、じんわりとぼくのお腹の中で石ころを光らせた。

 

 

次は、出来上がった真珠で、何かを作っていこうと思います。大切にしてきたこと、たどりつけた想い、繋がったたくさんの人たち。特定の誰かに「背中を押してもらった」と責任をなすりつけるわけじゃなく、時間の流れに感謝します。

 

取り急ぎ、ブログにこのことを書こうと思っていたのですが、うまく言葉にできず、時間がかかりました。

 

 

新しい仕事については、ちょうどいい言葉がありません。ふわふわしてるけど、たくさんの人たちをワクワクさせるものを考えていける場所だと思います。

 

 

これからも、ここで、色んなことを書いていこうと思います。なぜなら、また新しい石ころが生まれたとき、光らせてくれる時間の中に、ブログを書くことが含まれているからです。

 

長々と、ありがとうございました。

 

 

f:id:heyheydodo:20180605111122j:image

 

 

『NHKのど自慢』を観てほしい。

 

カンカンカーン

カ カカカカ カーン

 

日曜の12時14分、テレビの前に座る。そして、時計の針が15分になった瞬間、いつもの鐘の音が響く。

 

f:id:heyheydodo:20180601224653j:image

 

NHKのど自慢』がはじまるのだ。

 

あっと、この番組への愛語る前に、先に言っておきます。ちゃんと受信料は払ってます。というか、これを観るために払っているわけです。

 

みなさん、のど自慢は観ていますか?観ている人も、観ていない人も、たぶん知っている番組内容をすこしだけ。

 

 

オーディションを通過した素人が、歌を披露する。うまい人には、たくさん鐘が鳴り響く。いまいちな人には、ちょっとだけ鐘が鳴る。

 

 

シンプルなこのルールのもと、45分の放送時間で、何人もの素人さんたちが自慢の歌を披露するのだ。

 

ぼくはこの番組が、大好きでたまらない。いつ観ても面白く、いつ観ても笑えて、いつ観ても心温まる。なもんで、今日はぼくがちょっとした、『NHKのど自慢』の楽しみ方を書き留めておきます。

 

 

 

1. 鳴る人は、第一声で分かる。

 

世の中には、ほんとうに歌がうまい人が沢山いる。のど自慢に出てくるぐらいだから、当然みんな、自分の歌声に自信があるわけだが。その中でも、特別にうまい人がいて、歌い出しの時点で「あぁ、こりゃ鳴るな!」と思うような人が出てくるのだ。

 

 

2. 鳴るべく人が、鳴らない時がある。

 

たまに、鳴るはずの人が、鐘ふたつで終わることがある。どんなにアマチュアの耳でも、さっきの人よりもずっと上手くて魅力的なのに、評価されない時がある。そんな時は、メジャーリーグのファンのように、「おい!なんでだよ!」なんて言いながらブーイングをする。評価の基準は、鐘を鳴らす秋山さんすら知らないのだ。

 

のど自慢のルールで、鐘が鳴り響いた人にのみ、どこから来たのかと、名前を語ることができます。自分がうまいなぁと思った人でも、名前を知ることなく終わってしまう寂しさが、時に生まれるのです。

 

f:id:heyheydodo:20180601231106j:image

 

 

3. 役場枠に耳を傾けよう。

 

のど自慢は、全国各地を毎週まわっている。先週は、山口県下関市。今週は、香川県高松市といったように、キャラバン隊のように巡っていく。いわゆる、町おこし的な役割も担っているのだ。そんな中、かなりの確率で、町役場の若手が登場する。若さをいかしたパワフルな歌を披露するが、たいていの場合、鐘はふたつ。でも、彼らの本当の仕事はここからなのである。

 

「この町の魅力はなんですか?」

司会の人の質問に、若手の職員は地域の魅力を汗を流しながら語る。その姿を見ていると、なんだか『町』っていいなぁと思えてくる。

 

 

 

4. だれが誘ったのか見極めよ。

 

出場者は、なにもソロで歌うだけではない。夫婦で手を取りあい、練習してきた歌を披露するふたり。近所のママ友が集まって、往年のアイドルの曲を歌って踊る。たいてい、鐘はふたつなのだけど。

そんな時、最初に注目する点があります。それは「いったい、だれが誘ったのか」です。

 

キャンディーズモー娘。になりきれていない人を探す。奥さんのノリに、ついていけてない旦那さんの目を見る。そこに「照れ」を垣間見た瞬間、本番までの誘われた側の苦悩に、とてつもない愛らしさを感じるのです。

 

 

 

5.  約40秒の攻防

 

のど自慢の出場者に与えられる時間は、限られています。たいてい、1人40秒。ほとんどの人が、サビに入る前に鐘の音を聞くことになります。AメロBメロがあって、サビに入っていく曲が多いので、盛り上がって盛り上がって、さぁ!というタイミングで「カンーコーン」と音楽は終わる。

 

先日、『トイレの神様』を歌っていた女性なんて「おばぁちゃんがこう言った」で時間が来ていました。「トイレには、それはそれは綺麗な女神さまがいるんやで」は、聞かせてもらうこなく終了です。歌い出しから、サビまで間に合うか、妙なハラハラ感がのど自慢にはあります。

 

 

 

6. ゲストの歌をうたう度胸

 

スタジオには、毎週ゲストの歌手がふたり出演します。ご本人の目の前で、その人の歌を披露する。そんな度胸のある素人さん枠が、必ず登場するのです。上手い、下手。そのへんは無視してもらって、カメラで抜かれるゲストの表情を見てください。

やっぱり、自分の曲を歌ってもらえる嬉しさがあるのでしょうか。にこやかな顔で、手拍子をしている姿は、いいもんです。上手い、下手は抜きにして。

 

…たいてい、結果は良かないんですが。

 

 

 

7. 家族に届けたい。

 

会場には、たくさんの観客が来ています。出場者は、それぞれ家族を呼ぶことができるのですが、応援団のように垂れ幕なんかを用意してる人たちもいます。中・高生の出場者が出たときは、両親の顔を見て、「あ、お父さん似やなぁ」とか思ったりできます。

 

ご家族の頬に、時に涙が流れているのは、歌をうたう理由が「育ててくれた家族への感謝」だったりするからです。出場者の数だけ、ドラマがある。ひとりひとりに、歌う理由があるのがのど自慢です。

 

 

 

8.  プロはプロ。

 

すべての出場者が終わると、のど自慢は一気にクライマックスへ向かいます。本日の優勝者と、特別賞を決めるまでの時間は、ゲストの特別ライブが始まります。

パフォーマンスがはじまった瞬間に、ぼくたちは、「あぁ、歌でご飯を食べてる人はちゃうなぁ」と感心してしまいます。それは、やっぱり、素人とプロの違いを如実に感じることができるこの番組ならではの魅力です。

 

ただね、毎週観てると思うんです。

上手すぎて物足りない。…完成されてるって物足りないんです。すべてが完璧で、音も外れなくって。

 

「そこはちょっと下手なステップを踏んでほしい…」なんてことを、求めてしまう自分になってしまいますよ。

 

 

 

 

…のど自慢とは

 

 

わが町に、のど自慢がやってくる。

 

 

それを知った、どこかの町のおばあちゃんは、昔着ていたドレスを探す。おじいちゃんは、娘に仕立ててもらったタキシードに蝶ネクタイをつける。友だちと一緒に、ダンスを練習する。応援団はアイドルのファンのように、自分の家族を応援するグッズを作る。町役場の若手は、周囲の期待を一身に背負う。

 

そして、

 

家族への想いを、歌にのせようとする。

長年愛した歌で、人生を、披露しようとする。

 

鐘の数ではない。何を想い、何を伝えるか。ぼくたち視聴者は、それをじーっと見守ることができる番組。それが『NHKのど自慢』です。

 

 

もし、自分に勇気があって、運が良くて、のど自慢に出場できたら。

考えてみてください。あなたは、何を歌声に乗せるか。誰のために歌うのか。なんだか、いいですよなぁ。ワクワクしたり、ドキドキしたり勝手にできる。

 

 

 

そろそろ、あなたの町に、のど自慢がやってくるかもしれません。 

 

 

いつも、ななめ上を向いて。

 

どんな理由で、仲良くなれたか。きっかけを辿ると、たいてい理由はしょうもない。

 

少年漫画のように、1年を超える大長編を終えた後に、仲間に加わるような、そんな人間関係をやっていたら人生で仲の良い人は数人しかいなくなる。

 

それでも、今日もどこかで誰かが、誰かと出会い、仲良くなっている。人と人の関係が生まれることは、終わりではなくスタートラインなのです。

 

だとしたら、そのきっかけに、そこまで大きな理由は必要ない。しょうもなければ、しょうもないほど、その膨らみようにワクワクできる気がしてきます。

 

 

前の店で、いちばん良くしてもらったお客さんがいた。団地の散らかった部屋に、独り暮らしをしているおじいさんだった。

そこに行った日の帰りは、スーツによくわからない汚れがたくさん付いたり、通帳を探すために2時間かかるような、そんな環境でその人は暮らしていた。

 

 

 

きっかけは、ピーナッツの4コマ漫画だ。

 

f:id:heyheydodo:20180520071506j:image

 

 

初めてその人の家に行き、座る場所を作るために部屋を整理した時、一枚の新聞の切り抜きを見つけた。

 

それは、スヌーピーと仲間たちが、淡々と何かを話をしている短い漫画だった。英語で書かれたセリフを、読む間もなく、その人はぼくが拾った切り抜きを棚にしまった。

 

ぼくは、この切り抜きを見た瞬間に、「あぁ、仲良くなれそうやなぁ」と嬉しくなったのを今でも思い出す。

 

それは、スヌーピーに顔が似ていると昔言われていたからとか、そういう理由ではない。言われていたが、違う。目が細いだけやと思うが、そういうことじゃない。醸し出してる雰囲気がって言われると、それはそれでうれし…

 

はい、理由です。

 

 

なんだか、こうやって好きなものをひっそりと切り抜きしようと思う心の動きに、賛同してしまったのです。小さなことかもしれないけど、好きな4コマをみつけて、ひとりでハサミを持った。おじいさんとぼくは、波長がすごく近いところで動いている気がしました。

 

 

ぺらぺらのたった一枚の切り抜きから始まった関係性は、2年続く。その間に、おじいさんの住む場所は、2度変わりました。

 

 

彼は、パーキンソン病という病気だったのです。

 

大好きな俳優マイケル・J・フォックスが、その病気に苦しんでいたことから、ぼくがその病名を聞くのは初めてではありませんでした。そして、その病気を治すことは、まだ難しい世の中であることを知っていました。

 

 

f:id:heyheydodo:20180520072313j:image

 

 

フォックスの著書に「いつも上を向いて」という自叙伝がありますが、そこまで前向きじゃなくとも、とりあえず、ななめ上ぐらいを向いて生きる。そんな力強さを、ぼくは感じていたんだと思います。

 

それは、施設の部屋がどんどんと、好きなもので散らかっていったからなのですが。工具やら、将棋盤やら、はたまた沢山の本やら。あの日、新聞の切り抜きを見つけた時と同じように、また何かが見つかるようなワクワクがありました。(施設なので、適度に整理はされていましたが)

 

 

 

今年の3月。親戚の人から突然連絡が来て、おじいさんは施設を移ることになりました。それは、別の県の山奥にある施設で、親族の人が近い場所にあるそうで。

 

どんどんと、自由な場所から離れていく生活を、彼はどう思っていたのでしょう。それでも、楽しみを見つけて、ななめ上ぐらいを向くのかなぁ。

 

 

「いままで、お世話になりました」

 

 

不思議なことに、最後にお礼の挨拶をした翌日、ぼくに転勤の辞令が出ました。

 

それが、おじいさんの施設の近くなら、ドラマティックなのだが、全然関係ない遠い場所。

 

 

「無理せず頑張ってくださいね」

 

 

彼のかけてくれた言葉に、仕事を辞めようか悩んでいる話は、相談をしたかった。でもできなかった。となりに上司が座っていたからだ。ぼくが仲良くなったおじいさんは、実はすごくお金持ちだったから。

 

 

会社に戻ると、どこからか聞こえてきた。

 

「お金を持ってる人を見つける嗅覚があるよね」

 

 

ふざけるなと。きっかけはすべてしょうもないんだ。一枚の切り抜きなんだ。しょうもないものにしてくれ。汚いものにしないでくれ。

 

そんなことを思いながら、無性に腹が立った日がありました。

 

 

今もどこかで、部屋を散らかしているのだろうか。ひとつだけ言いそびれていたのは、おじいさんの部屋よりも、ぼくの部屋の方が散らかっているんだよってことなのです。

 

ぼくはフォックスや、おじいさんのようにパーキンソン病の辛さを身をもって知らない。でも、おなじように、上を向いて。いや、ななめ上を向いてぐらいで、進んでいこうとそう思いながら、明日からの仕事に怯えつつ、今日を生きています。

 

 

通勤電車と似ていること。

 

通勤時間は1時間と30分。

 

乗り込むとき、一瞬の駆け引きがある。空いている席をどこまで追うか。

すこし遠いその席を求める。隣の扉から入ってきた誰かが座る。そうなると、もう最悪です。

 

行きどころを失ったお尻は、悲しくもそのまま。立ち位置も、なんだか不安定な、人と人の間になるのです。もしこれが、ある程度遠い時点で、座ることに見切りをつけていたら。

みなさんの体は、開かない扉にもたれることができるでしょう。

 

通勤電車の駆け引きは、まだ続く。つぎは、一駅ごとの話です。誰が降りるのかを、敏感に察知する。

 

スマホの画面を消した。本を閉じた。新聞を折りたたんだ。チラッと窓の外を見た。イヤホンの片耳を外し、アナウンスを聞いた。

 

上級コースになると、「ため息が漏れた」というのがあるのですが、これはけっこう難しい。常時漏れている、ぼくみたいな人もいるのです。

 

そんな人を見つけたら、何食わぬ顔でその付近に行けるかどうかルートを確認。無理そうなら、降りるかどうかのくだらない賭けを1人で楽しむのです。

 

 

微妙な観察眼、判断力だけがどんどん成長する通勤の時間は、果たしてぼくの役に立っているのか。そんな虚しさを感じながら、ひとりでプロ仕様の通勤を楽しんで生きてきたのですが、先日、「あっ、これ通勤やん!」と思うことがありました。

 

 

車の運転です。

 

 

新しい職場で車に乗ることになりました。さすがに、デビュー戦を上司の入院日にするわけにもいかないので、隣に父を乗せて練習です。

 

免許をとって四年ぶりに運転席に座りました。

 

 

「周りの情報を、常に観察しときや」

 

父のアドバイスを聞く。

たとえば、2台前にバスが走っていたら、バス停で止まるから、前の車はブレーキを踏む可能性がある。ブレーキを踏んでいないけど、速度がゆっくり落ちている車は、もしかした曲がりたいのかもしれない。歩行者信号が点滅しているので、あの信号はもう遠いし諦める。

 

こんな具合に、見えている情報から起こりうる可能性を想定すると、事故は減るそうです。

 

 

すごく、ぼくの朝と似ている。

 

スマホを閉じたから、席が空くかもしれない。

新聞を折りたたんだから、席が空くかもしれない。

ため息を漏らしたから、疲れているだけかもしれない。

 

 

こういう、情報から可能性をあぶり出し、即座に判断する。何気ない観察が、事故を減らしたり、お尻の安住の地を見つけ出したりするだと思いました。

 

 

ちなみに、ため息で、当たった時の快感はすごいです。人は、すこし遠いヒントで当てたほうが、嬉しいみたいです。うちの父も言ってたことが当たると、信号待ち、ドヤ顔で助手席から話しかけてきます。

 

何かを想定することは、すべて「楽しい」に繋がるのかもしれません。いまは、ギリギリの精神力で、慣れない公道を走っていますが、日が経つにつれ、周りの情報から探るのが楽しくなってくる予感がしました。

 

となると、すべては通勤電車に似ているのかもしれません。

 

 

 

「慣れてきたころに、事故は起こるからな」

 

 

だんだんと愉快になってきて、Bluetoothを繋ぎ、大好きな星野源の『日常』を流し、口ずさみはじめたぼくに、カーナビの音声のようなタイミングのいいアドバイスが、助手席から飛んできました。

 

 

 

 

 

実家から、事件の香りがしたので。

 

実家を拠点にGWを過ごしている。ふだん、こんなに長く実家にいることはない。家族は皆、予定があったりなかったりで、人の気配がしたりしなかったり。ぼくは、リビングでぼーっとしていることが多い。

 

家族の中では、いちばん、友だちが少ないということだろう。

 

しかし、そんな劣等感よりも、気になって仕方ないことがある。GWの数日間、ぼくはそのことについて、ドキドキが止まらないのだ。

 

 

f:id:heyheydodo:20180506100944j:image

 

 

冷蔵庫を開けると、麦茶があった。

 

その時点で、あぁ、実家やなぁという感じなのだが、そこには、謎の『夏』という一文字が書かれている。

「夏といえば、麦茶!」なんてことなのかと思ったが、そんなことで書く理由になるものだろうか。

 

 

次の日、冷蔵庫を開けた。麦茶があった。

 

f:id:heyheydodo:20180506101257j:image

 

 

そこには、『秀』と書かれていた。謎に、謎は深まるかと思いきや、ここでぼくは「あぁ、なるほど」と納得がいく。

 

つまり、これは名前の頭文字なのだ。

 

妹の名前、一文字目が『夏』。

父の名前、一文字目が『秀』。

 

 

なんだぁ、そんな簡単なことなのか。

ひらめきを喜んでいたのですが、これって家族以外には難しすぎる問題ですね。

 

だけどですね、話は終わらず、ぼくがドキドキしたのはここからなのである。

 

 

f:id:heyheydodo:20180506102039j:image

 

 

大好きな古畑任三郎に、『偽善の報酬』という話があります。どんな事件かといいますと。

 

 

著名な脚本家の姉と、マネジメントをする妹が同居をしている。ふたりの仲は極端に悪く、ある日、姉は妹を殺害する。

 

そこへやってきた古畑任三郎。彼はすぐに犯人の目処を姉につけるが、悩ましいことは、凶器がどこにも見つからないことだった。

 

 

 

みたいなお話なのですが、切れ味自体は、そこまで高いものではないです。ただ、この回の古畑はうまく犯人にすり寄っていき、遊んでいるように見えて面白いです。

 

 

さて、なぜ古畑がこのふたりの姉妹仲が悪いと見抜いたのか。

 

 

それは、冷蔵庫を開けたときでした、

 

マヨネーズ、醤油、牛乳、お茶。何から何まで、ふたつずつ置かれていたのです。そして、それぞれに謎のアルファベットが1文字ずつ書かれている。

 

それは、姉妹のイニシャルだったのです。

家中のものを、すべて別々に使う。そこに、違和感を感じたわけです。

 

 

 

 

さて…。

 

 

我が家の麦茶にも、これと同じ現象が起きている。

 

 

 

どうしたものでしょう。「ドラマの見過ぎやで」とよく人に言うのですが、これは洒落にならない。見過ぎだとしても、いい。これは、やばい。

 

ひとりで勝手に、悩みだします。

 

そんなことはあり得ないと思いながらも、でも、ちょっと気になる。本気で悩んでるようにみえて、頭の中には古畑任三郎のテーマが流れている。

 

フィクションとノンフィクションを行ったり来たりしながら、ぼくは何度もおでこに手をやりました。

 

 

f:id:heyheydodo:20180506103739j:image

 

 

誰もいない実家で、捜査をはじめます。

 

 

まずベランダ。

 

娘が「お父さんと一緒に洗濯をしないで!」なんて言うと聞くので、干されている洗濯物をみる。

うーむ。父のよれよれのTシャツと妹のパーカーが一緒に干されている。

 

 

次にお風呂場。

 

シャンプーはひとつ。それも中身がほとんどなくなりかけている。実家ならではの光景だ。「次に使う誰かが、補充してくれるやろ」の精神で、空っぽでも気にしないのだ。

つまり、これもまた一緒に使っている。

 

 

今度はお部屋。

 

父の部屋と、妹の部屋は向かい合わせにある。それぞれの部屋に入るような、そんな野暮なことはしないが、どちらも鍵は付いていない。なんだったら、ドアが半開きだ。

本当に見られたくなかったら、厳重にするだろう。

 

 

歯ブラシは、雑多におなじ場所にしまわれている。コップなんかも自由。

 

 

あと、倒れるだけで腹筋ワンダーコア。

 

妹が通販で買ってきたこのトレーニング器具は、先日、家の中心にどーんっと置かれたわけです。それを、父も妹も、おなじように使っている。筋トレを共有しているのだ。

 

 

 

うーーん。事件は難航します。

 

 

こうなったら、自白をしてもらうしかない。

 

古畑任三郎は時に、事件が起きる前に事件を解決します。「わたしにはお見通しです」なんて言わんばかりに、犯人に諦めを促すのです。

 

妹に聞くしかない。

 

 

「あの…ですね、なぜ、お茶に名前を書いているのでしょうか、父とは仲が悪い…?」

 

「部活やってた頃に、水筒に入れるために冷やしてたお茶を、お父さんがぜんぶ飲むから書いただけやで」

 

「うーーん、なるほど、今は?」

 

「関係なしで飲んでる」

 

 

ここで暗転。

 

 

f:id:heyheydodo:20180506114228j:image

 

 

えぇー、今回の事件は、完全にわたしの思い違いでした。

お茶に書かれたイニシャル、父と娘の折り合いの悪さに関する通説。

 

 

 

そして何より、ぼくの「ドラマの見過ぎ」が引き起こしたありもしない事件だったのでしょう。

 

 

 

ちなみに、『偽善の報酬』で見つからない凶器は、妹さんがコツコツと貯めていた大量の小銭でした。犯人は袋にそれを詰めて、振り子の原理で頭をなぐった。

 

犯人が古畑の助手、今泉くんに銀行へ持って行かせる直前に、事件は解決されるのです。

 

 

 

「給料少ないから、ごはんおごって」

 

そういう妹に、小銭を貯める余裕もなさそうなので、凶器にするものも、どうやらないみたいでしたね。

 

 

エンディングの曲が流れてきました。

 

そろそろ一人暮らしの家へ、帰ることにします。

 

『偽善の報酬』というより、『架空の応酬』でございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金メッキなのか。

 

ゴールデンウイークって、純金なのかな。

金メッキのような気がするなぁ。

 

 

そんなことを毎年思う。

 

連休が続いているあいだを、「しあわせ」と思い、それが終わった後にすぐ「ふしあわせ」と思うのなら、ゴールデンというより、もはや金メッキに近い数日間だ。

 

それでも、それでもいいんですよね。たのしいことがあるのなら、いいんですよね。

 

わかっておるのですが、出勤日がチラつくのです。そして、今悩んでいる自分のことなんか、微塵も考えていないだろう上司の顔を思い出したとき、ゴールデンウイークは完全に錆びていくのです。

 

 

と、まぁみなさんのウキウキに水を差してみたかったのです。

 

 

かといって、じゃあ、今日ぼくが「最高の人生や!」と思えるスタートを切ったとして、それもいつか終わりがくることを、なんとなく分かってはいます。その、チラチラと見え隠れしている「終わり」を、どれだけ無視して過ごすかが人生の楽しみ方なのかもしれません。

もしくは、その「終わり」を認識したうえで、過ごすべきなのでしょうか。

 

 

 

実家で見つけた写真や、誰かが愛した犬との写真を眺めて、ふと思う。その瞬間、シャッターをきるとき、「終わり」をどれだけ想像しているのだろうか。

 

 

いつか、いまの「しあわせ」は消えてなくなる。それが死なのか、別れなのか、そこは分からないけど、時間は進み続けるから終わりがくる。

 

なのに、人はカメラを構える。笑顔を向ける。それってすごく力強い。かっこいいことだと思う。一生懸命に生きてるってことなんじゃないのか。もしや、こんなくだらない「終わり」について考えてるのは、自分だけじゃないのか。

 

 

そういうことでも、ないか。

 

 

父母と話をしていると、最近よく、そんな「終わり」がチラついた話をされる。思い出を作りたいと言われる。あと、インターネットを見ていても、糸井重里さんが頻繁に「死」について、考えていた。愛犬との別れを、スマートフォンごしに眺めさせていただいた。

 

みんな、それなりに「終わり」のことを認識はしている。でも、とりあえずそれは、一度、棚にしまってるんだ。

で、大切な時に思い出すんだ。それは、仕事が嫌とか、そんな安い瞬間には持ち出さない話なんだ。

 

 

ぼくが、「ゴールデンウイークは金メッキだ!」と嘆き、家で引きこもっている間も、今日、いろんな場所で人々が写真を撮ったことだろう。笑いあってたことだろう。

 

 

いまの幸せは、いつか、思い出に変わる。

そして、思い出には「終わり」がない。

 

 

そう思うと、ゴールデンウイークが金メッキだとか、「終わり」を認識しても楽しめるのが大人とか、そんなのどうでもいい気がしてきた。

 

思い出を作るために、生きていく。それでいい。そしたら、「終わり」を嘆く時間は、ちょっとでいい気がする。少なくとも、まだ明日が休みなのに、仕事を思って引きずる夜はなくなる気がする。

 

ただ、こんなことを口にしている限り、ぼくはまだ「終わり」を気にしている。

 

 

 

 

スーツを買いに行った日のこと。

 

土曜日、日曜日ともに快晴だった。

 

予定もなく、予定を入れる気力もなく。ただただ、実家のリビングに寝転がり、吉本新喜劇を観ていた。父親のTシャツを着て、誰のものか分からないスウェットをはいて、誰もいないのに、誰かの生活感がある場所で生活をしていた。

 

ひとつだけ、どうにか体を外へ連れ出さないといけない用事はあった。野暮用なんだけど、スーツを買いに行かないと、完全に着回しができない状態まで追い込まれていたのだ。

 

汗だくになって、自転車やバイクに座ったり、歩き回ったりするのでスーツの消耗がはげしい。摩耗した生地は、穴をあける。空いた穴からは、パンツが見える。てなもんで、この4年で、けっこうなお金をスーツに費やしている。

 

服を買いに行くのは、好きなほうではない。できれば、時間を短くしたい。おしゃれでありたい気持ちはあるけど、店員さんに一定の距離を保ちながら、声をかけられないようにお気に入りのシャツを探すのは、めっぽう疲れるのだ。

 

Tシャツ一枚を買うのにも、そんな感じなのに、スーツを買いに行くことなんて、めんどうの最上級だ。好きでもない仕事のために、高いお金を払う。Tシャツを選ぶのとは違い、店員さんに話を聞かないとピッタリのサイズも分からない。毎回、清算の時に誓うのは、つぎにここへ来るときは、好きな仕事をしていようってこと。もしくは、スーツのいらない仕事になっておこうってこと。

 

青い看板のお店に入るたびに、ぼくは前回から何も変わらず、お尻に穴をあけた理由でここへ来た自分を情けなく感じる。そして、何万円もするお代金を、クレジットカードで2回払いをお願いするのだ。そうなるのが嫌で、なかなかスーツを買いに行けないのである。

 

 

土曜日の夕方、ふと気づく。

「あっ、もうすぐ面接があるやん」

やばい、着ていくスーツが1着しかない。それも、けっこう消耗してきている。もし、当日、なにかの拍子でお尻に穴が開いたら、ぼくは会社を訪問してからずっと、パンツが見えていないかを気にして、人生をかけた面接に挑まないといけない。

 

スーツの仕立てに1週間かかるとして、面接があるのは再来週の火曜日。今日行っとかないと、どうしても間に合わないじゃないか。

 

というわけで、妹に借りた自転車で近くのスーツ屋さんへ走ることにした。ちなみに服装は、父親のTシャツに誰のものか分からないスウェット。コンビニでギリギリセーフのような格好で、とりあえずスーツを求めて走った。

 

【新生活!】というフレッシュな空気が漂う建物へ、一日中、ごろ寝をしていた服装のまま入店する。即座に、お兄さんが寄ってくる。その格好は、ビシッと決まった鮮やかな青色のスーツ。ネクタイは赤色に光っている。

 

どんなものを探しているか聞かれる。スーツが欲しいと答える。ほかに何か希望はあるかと聞かれる。お尻に穴が開きづらいものと答える。ツーパンツの商品を探してもらう。ウエストを測ってもらい、案内される。

 

見るからに接客がうまそうなお兄さんは、明るくぼくに話しかけてくれる。

 

「お仕事は何をされているんですか?」

「あっ、銀行員をやっています」

「へぇ~、大変って聞きますよねぇ」

 

続けざまに、銀行の話をたくさん聞いてくれる。その間も手は動き、スーツの試着を準備している。無駄な動きはひとつもない。やり手だなぁと思いながら、適当に返事をしていたら、会話の内容もしっかり把握していて、ちょっとしたことに食いついてくる。

 

うかうかしてられないと、こっちまで仕事を思い出す。営業と営業のぶつかり合いのような会話が始まる。あぁ、ぼくは早くスーツを決めて家に帰りたい。できることなら、無言でいたい。そんなことを思いながら、なんとか試着室までたどりつく。ここまで来れば、あとはこっちのもの。ズボンをはいて、カーテンを開けて、採寸をしてもらって、「じゃあこれで!」で終了だ。

 

靴を脱いで、カーテンを閉める。ようやく一息つく。

スウェットを脱いだ瞬間に、お兄さんの声が聞こえてくる。

 

 

「あの・・・ぼく〇〇の株を買ったんですけどね、あれ相場的にどうなんですかねぇ」

 

「・・・う~ん、トランプ氏の貿易摩擦懸念が影響してるんじゃないですかぁ」

 

 

カーテン一枚をはさんで、なぜかぼくは運用相談を受けていた。それも、下はパンツだ。いろんなことを聞かれる。そんなことよりも、ぼくはこのズボンが自分にフィットしているかを知りたい。なのに、続く質問。試着はとっくに済んでいるのに、カーテンを開けるのに結構な時間を使った。

 

試着室での営業を終えて、攻守がかわる。今度はぼくがお客さんになる。ズボンの丈を測ってもらうのだが、一瞬で終了する。そして、2着目の試着へうつり、カーテンを閉める。

 

 

「で、さっきの話なんですけどねぇ」

 

「えぇ」

 

お兄さんの金融知識がどんどん満たされていくなか、ぼくは鏡に映る自分を、ぼーっと眺めながらカーテンの向こうにアドバイスを送った。あぁ、いつもこんな顔して話をしているんだなぁと、ちょっと勉強になったりもした。

 

 

「さすが、銀行の営業さんですねぇ、頑張ってください!」

 

お会計を終えて、出口まで歩く途中に、お兄さんが言った。

 

 

・・・あれ、ぼく銀行の営業を頑張るためにスーツを買いに来たんとちゃうぞ。転職活動のためにスーツ買いに来たんやぞ。何がどうなって、こんな終わり方をしたんやろか。

 

気づけば、自転車にまたがって、お兄さんにすすめられたネクタイとYシャツのセットを持って、実家への道を走っていた。なんともいえない敗北感に浸りながら、かといって、そこまで悪い気もせず、これが上手い営業なのだろうなぁと、お兄さんを称えながら。

 

 

ただ一つだけ宣言したいことは、次にここへスーツを買いに来るとき、ぼくは「銀行員やってます」なんて答えは絶対にしないぞということだ。

 

 

面接が近い。東京へ向かう日が近づいている。それを言いたかっただけなのである。

黒い三角形。

 

数値のマイナスを示す▲。

 

そのうしろに、0がいくつも付いた投資信託の運用成績を持って現れる。そんな冴えない営業を迎え入れてくれる人たちの、笑顔の理由が分からなかった。

 

運用商品を買ってもらって、数ヶ月後にマーケットの大きな下落。見たくもない状態の数字を受け入れてなお、コーヒーやお昼ごはんを出してくれるの何故だろう。

 

 

「金持ちだから」

 

 

最初の頃、ひとつ思いついた理由です。かなり乱暴で、自分勝手な解釈だと、いまは思います。

 

激動のなかで、一生懸命に貯めたお金の価値は、総資産に比例して変わるもんではない。1円は1円。100万円は100万円。

 

「頑張ってきた」「苦しい思いに耐えた」そういうものが1円単位で並んでいるのが、通帳の残高じゃないだろうか。

 

 

 

酒に酔った父が、鳥貴族でぼくに語り出した。

 

「お前と年に一回だけ会うとしたら、お父さんたちが会える回数は、あと多くて25回ぐらいなんや」

 

続けて父が言う。

 

「同じ計算をすると、お父さんがばあちゃん、つまり、おかんと会えるのなんて10回もない」

 

目も合わせられず、ひたすらにチャンジャのお皿にのこった、大葉の葉脈を眺めた。BGMは、「ドドドドドドドド」とドラえもんが聴こえてくる。

 

 

家族とは、永遠だと思っていた節がある。小学校、中学校、高校、大学。いろんなものから卒業してきたが、家族を卒業したことはない。

 

よく考えたら、親と年齢が並ぶことはない。一緒に卒業のタイミングをむかえる同級生は、会おうと思えば、この先、50年以上も付き合える。年に一度あっても、50回会える。

 

親の倍だ。

 

 

毎日会えていた関係性だからこそ、年に一度しか会わないことを、考えたこともなかった。

会えるけど、会わないことは、ただの毎日の選択のように見えて、時間をどんどんと進める行為なのかもしれない。

 

 

 

ぼくは、マーケットを読み解く力がない。為替相場や、いまの政権が目指す先に、どんな国の成長が待ってるか、よく分かってない。

 

給料泥棒と言われたら、返す言葉がない。

お客さんに、どうしてくれんねん!と言われたら、頭を下げるしかない。

 

 

ただ、彼らがどうしてぼくに、暴言を投げず、カツカレーを出してくれるのだろう。

 

 

年に一度しか会えなくなった家族と、同じだけの愛情を、かわりにくれているんじゃないかとそう思えてきた。

 

 

子どもの代わりにはならないけど、でも、会える回数は同級生より、家族より、多かったりする。持ってくるのはチラシや、▲のついた運用報告なのに、会ってくれる。

 

 

そう思いたいなぁと、そう思った。

これもまた、自分勝手なのかもしれないけれど。

 

 

酔っぱらいのおじさんが、鳥貴族でもらした言葉は、おそらく本音だ。

 

自分の母と、あと何回会えるかを考えたら、つぎは自分の子どもと、あと何回会えるかを考えたんだと思うんです。

 

 

遠く離れている場所で、頑張っている友だちも家族も、あと何回会えるのかをもっと考えたい。逆算してどうとかじゃなくて、時間は進んでいること、1日1日の選択を大切にしたいってこと。

 

 

営業を受け入れてくれるお客様は、きっと、ずーっと続く関係性だと思っているから、やさしいんだなぁと。

逆に、その関係性が、一瞬にしてなくなるから、転勤になったときに、涙を流してくれたんだなぁと。

 

 

家族や、人との時間を大切にしないとなぁと思いながら、酔った父にご馳走になりました。

 

基本的に、何も言わずに頷き続けました。

 

思い出って。

 

すこし特殊な一人暮らしをしている。

 

25歳、独身。一軒家に住んでいる。祖父とふたりで暮らしていた家が、ひとりになって、それから何となく、生活が続いている。

 

おしゃれな部屋づくりなんて、していない。DIYで作った家具なんてない。カーテンは、ヘビースモーカーだった祖父の影響で、黄ばんでいる。仏壇のある部屋で寝ているから、見上げると、会ったこともない曽祖父の写真がかざってある。

 

家の中にあるものは、祖父が生きていた頃と何も変わらない。冷蔵庫の整理もしていないから、ぼくが買った覚えのない、冷凍のお肉が出てきたりする。

 

6年ぐらい経つ。

 

祖父との生活がのこるわが家に、彼がいないことが当たり前になっているなぁと、感じることがある。

 

いつも座っていた椅子に、捨てそびれている電子レンジが置いてあったり、育てていた植木が枯れていたり。

 

曽祖父のとなりに飾られた、祖父の写真を、風景として捉えている自分に、なんだか冷たい人間なのかなぁとか思ったりする。

 

 

先月の末は、祖父の七回忌でした。

 

家じゃなくて、お寺の一室を借りて行われたお経をあげてもらう時間に、やってきたのはいつものお坊さんじゃなかった。

息子さんなのだろう、50歳ぐらいの若めの男性がやってきて、ゆっくりと読みはじめる。

 

 

お客さんと接することについて、転勤の辞令が出てから、ひどく落ち込んでいたぼくは、

 

「どうせ、このお坊さんにとっては、収入の一部なんだよね」

 

とか罰当たりなことを思っていた。

 

 

一通り終わり、いわゆるお説教がはじまる。

 

先に言うと、ぼくはそのお説教で、ボロボロに泣きじゃくり、鼻水を流すことになる。

 

内容が感動的だったわけじゃない。

 

 

ただ、ぼくが罰当たりな目線でみていたその若いお坊さんは、祖父との思い出を語り始めたのです。

 

 

家のどこにいつも座っていたとか、病気になってからのことや、短気なところ、家族のことをいつも話していたこと。

 

そのどれもが、ぼくが忘れかけていた祖父を、あまりにもそのまま、あまりにも綺麗に表現してくれていて、目の前に突然に、あの頃が思い出されました。

 

 

お坊さんにとって、何百もいる人の1人なのに、6年も時が経っているのに、それでも、あんなに明確に家族の前で思い出を語れる。その姿を、泣いて泣いて、見つめていました。母から妹へ、妹からぼくへ、ハンカチがバトンパスでまわってきて、受け取る。

 

 

 

 

思い出って何だろう。

 

忘れたら思い出じゃないのだろうか。思い出って、忘れたら思い出せないのだろうか。なにかをきっかけに、思い出せたらそれでいいんだろうか。

 

みんなが少しずつ、覚えていたら、それでいいのかもしれない。それが家族じゃなくて、お坊さんでも。近所の人でもいいのかもしれない。

 

いつかぼくが、捨てられなかった電子レンジをゴミに出して、現れた祖父の椅子に腰かけて、ふと思い出すことも、思い出なんじゃないやろか。

 

 

実家に帰ると、玄関に祖父の写真が置いてある。毎日眺めている、風景になった遺影の写真とはちがい、従兄弟の子を抱いた祖父の写真だ。

 

そっか。祖父は生きていたし、ぼくと生活をしていんだった。そんなことを再認識して、涙ぐんでしまった週末の金曜日です。思い出って何か、すごく考えてしまう日になりました。

 

 

 

どうしよう。また、なりたい人が増えてしまった。

 

あのお坊さんのように、いつかのことを、飾らなく、美しく語れる人になりたいなぁ。

 

 

思い出って、忘れても消えない、思い出せる。

消滅したり、死んだり、決してしないんだろうね。

ふわふわと、まわりで浮いているんだろうなぁ。

 

 

 

 

 

スースーしていた。

 

朝、駅のトイレで便座にかけようとしたら、スーツの股が破れていた。仕事が憂鬱すぎて謎の腹痛と、股やぶけのダブルパンチ。憂鬱すぎる月曜日がはじまったわけです。

 

 

今日、新入生がやってきた。

 

初めて営業店研修へ向かったのが四年前。あの日、ぼくはハンカチを忘れた。

 

たくさんの初対面挨拶をすませて、緊張したぼくは、胸ポケットにしまったメガネ拭きで、汗だくの顔をぬぐったことを覚えている。

そうなると、メガネ拭きで顔を、ティッシュでメガネを拭くという、なんともよく分からない配置換えがポケットの道具たちの中で行われていた。

 

 

あの日のぼくのように、緊張した顔もちで、新入生が支店をうろちょろとしている。話しかけたらいいものの、ぼくも、この店に来てまだ2週間と経たない。

 

 

お昼ご飯を買ってきてない彼を、食事に連れていく使命を与えられた。「営業のことで、分からんことあったら、この人に聞きなぁ」と背中を押される。いやいや、ぼくは、いま転職活動をしている、辞める寸前の人間だぞと思いながら、そんなことは言えず、近所のそば屋で対面に座る。

 

 

いろんなことを聞かれました。上司との付き合い、残業・ノルマについて、最初の1年間について。どれも、ぼくが答えるに適していないことは分かっていながらも、返していく。

 

 

いま、本当に逃げ出したいし、ほかにやりたいことがあるんだけど、でもそんなことは言えない。目の前にいる、一生懸命に社会へ飛び込もうとしてる彼を、否定することだけは絶対にしたくなかった。

 

 

「営業はしんどいですか?」

 

ずばり、聞かれました。当然、ぼくは頷きました。何回も。

 

「でも」

 

接続詞をおいて、気づけば、前の店でたくさんのお客さんにしてもらったことを話しました。

 

お昼ごはんを食べきれないぐらい出してもらったこと、靴下を何足もプレゼントしてもらったこと、いろんな人生経験に触れてきたこと。

 

転職活動の面接をされているようでした。

 

 

新入生の彼が、この話を聞いてどう思ったかは分かりません。ただ、お客さんと触れた経験が、仕事を辞めると決めたぼくに、「でも」を言わせてくれたんだと思います。たった30分の会談で、それを伝えることは、あまりにも難しい使命でした。

 

 

自分が初めて営業店へ見学に行ったとき、名前も知らない先輩から「あいさつが元気でいいね」と肩をポンっと叩かれたことを覚えています。

 

メガネ拭きで汗をぬぐう謎の新入生に、声をかけてくれた先輩のように、ぼくは接することができてるのだろうか。そんなことを思いながら、出てきた蕎麦をすすりました。

 

 

「あの…スーツって何着ぐらい買って、やりくりしてますか?みなさん、ピシッとしているし」

 

最後に、仕事というか、すごく一般的な質問をされた。

 

「うーん、まぁ、スーツも消耗品だからなぁ」

 

そう言ったぼくのズボンの股は、確実に裂けていて、机の下をのぞくと、太ももの肌色が見えていて、スースーしていた。

 

帰りの電車、いま、ぼくの股はスースーしている。