得も損もない言葉たち。

日常をひとます、休まず。

あなたのクスッとをください。

ありがとう、ムサンバニ。

 

平昌オリンピック、観てます。

 

毎日、家に帰ったらテレビを観る。仕事をサボって、Wi-Fiのある場所へ逃げ込んでスマホで観る。時差がちょっとほしい。いつもなら、朝方まで競技にくぎ付けになるような生活になるのですが、韓国と日本はとても近い。仕方ないので、サボってオリンピックを観るしかないのです。

 

先日、羽生結弦選手の演技がはじまる直前、お客様を訪問するアポイントがあった。なんともタイミングが悪いと思いきや、その場所は町の電気屋さん。ご主人は、お店でいちばん大きなテレビの電源を入れてくれる。大画面で眺める羽生選手の演技、仕事なんてそっちのけだ。

 

思えば、この世に生まれ出てから25年。けっこうぼくはオリンピックを観ている。いつのまにか、テレビでずーっとオリンピックを眺めることが大好きになった。どの競技が観たいとか、特別なものはない。知らない競技も含めて、世界のトップクラスの技をみて、ルールを覚え、ちょっとだけ知ったかぶりして喜ぶのがすごく楽しい。

競技特有の技を覚えると、何気ない選手たちの動きに、すべて意味があることに気づく。そして、試合が終わった後に垣間見る、ふつうの人としての素顔を見るのもいい。

 

 

気づけば、オリンピック選手も多くが、同い年、もしくは年下になってしまった。それが、なんだか寂しい。この寂しさは、なんだろう。ぼくはまだ、オリンピックに出たいと思っているのだろうか。

 

 

 

「夢はオリンピックに出ることです」

 

 

 

小学校6年生の卒業文集に、ぼくはデカデカと夢を書いた。水泳帽にゴーグルを着用して、大きくガッツポーズをとっている自分の姿は、いま見ると溺れたいぐらい恥ずかしい。ただ、あのときのぼくの夢は、たしかにオリンピックだった。

 

野球をやっている子は、プロ野球選手。サッカーをやっている人は、Jリーガー。みんながみんな、その時にやっていたスポーツの格好をして、夢を語る。あのときのぼくたちにとって、アイデンティティとは一生懸命にやっているスポーツがそれだった。

 

 

そこからわずか3年、ぼくは水泳をやめた。しんどい思いをして泳ぐことから逃げ出した。オリンピックに出るという夢は、とうてい無茶なことだと判断し、惰性で泳いでいた数年は辛くて仕方なかった。

毎日、朝と夜に練習をしてもタイムは伸びない。正直言って、泳げば泳ぐほど、オリンピックは遠ざかっていき、そして消えていった。

 

 

中学校の卒業文集で、ぼくは何を書いたか覚えていない。ただひとつ言えることは、夢みたいなものを書かなかったことだけだ。「水泳」という心の頼りを捨てたいま、ぼくに誇れるものは何も残っていなかった。高校は、それこそなにもなく、モブキャラそのものだった。たぶん、ぼくのことを覚えていないクラスメイトもいっぱいいる。

 

 

 

「エリック ムサンバニ」の画像検索結果

 

 

 

エリック・ムサンバニという選手を知っていますか。

 

シドニーオリンピックの競泳、男子100m自由形赤道ギニアからはじめての出場となったムサンバニは、わずか8か月の水泳経験で、オリンピックの舞台に立った。

第一組、出場者のなかで最も遅い人たちが、3人並んでスタート台に並んだ。しかし、運命のいたずらか、となりの選手たちはフライングをしてしまう。その結果、たった1人で、ムサンバニは泳ぐことになった。

 

観客の目は、彼だけにそそがれる。実は、当時の彼は50mプールで泳いだことは一度もなかった。つまり、未経験でとてつもなく長い水路へ、ひとり飛び込んでいったのだ。

 

メダル争いをしている選手たちのように、立派な水着もきていない。ゴーグルも、小学生のプール通いのようなもの。フォームはばらばらで、今にも足がついてしまいそうな泳ぎ方。それでも彼は、手をまわし、足を動かし続けました。観客は大きな声で彼に声援をおくります。

 

折り返しの50mはもはや、溺れているのに近い状態。だけど、彼は泳ぎきる。タイムは、1分57秒72。ムサンバニは、赤道ギニアの国内記録保持者となった。そりゃそうだ。今まで、こうやって水泳に挑戦した人が、その国にはいなかったから。だから泳ぎきった彼は、それだけで記録者なのだ。

 

 

ムサンバニのことを初めて知った時、ぼくは小学生だった。

 

当時の映像を観て、話を聞いて、「一生懸命やるって素晴らしいなぁ」と感動したことを覚えている。そして、ぼくも頑張らなやきゃと勇気づけられました。水泳をする環境がそろっていない国の人が、一生懸命に100mを泳ぎきったこと。それが、「あぁいい話」だなぁと。

 

あの頃、ぼくはまだオリンピックを目指していた。叶わない夢と知らず、ムサンバニをすこし上から目線で眺めて、「頑張っている」と評価して感化されていた。だって、ぼくのベストタイムのほうが彼よりも50秒以上早かったから。

 

 

 

 

今日、ふと思い出して、ムサンバニの競技をもう一度観てみた。すると、あの頃にぼくが彼に感じていた「頑張っている」というちょっと上から目線の感情は、生まれてこなかった。

 

 

 

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「かっこいい」と思ってしまった。

 

 

国の事情は別として、彼自身はみんなに注目されたくて泳いでいるわけじゃない。「ムサンバニも頑張っているんだから」と引き合いに出されたいという気持ちも、きっとない。そこには、ただがむしゃらに、50mのプールを行って帰ってくる。どんなに苦しくたって、ゴールをする。赤道ギニアの競泳としての第一歩を踏み出す。そういった決意のようなものが、ぐちゃぐちゃのフォームから、はじけとぶ水しぶきから伝わってきたのだ。

 

どうしてそんなことを分かるかというと、4年後、彼のベストタイムは1分をきっていたと聞く。人気者になって、それで終わりではなく、競泳を、チャレンジをムサンバニは続けていたのだ。

 

 

 

 

挑戦する人を、憧れるようになってしまった。

 

 

オリンピックを諦めたその時から、ぼくには卒業文集に書ける夢がない。いま、たとえば何かを卒業するとして、そのテーマが「わたしの夢」だったとしたら、頭が痛くなってしまう。小学校の頃の水泳みたいな、自分を誇れるものが見つからない。がむしゃらにでも、ムサンバニのように泳ぎ出すことができたら、どれだけ楽しいのだろうか。

 

 

ただ、夢や憧れの舞台に立つためにする努力が、どれだけ暗いトンネルであるか、ぼくは知ってしまっている。一度、夢を諦めたことが、広かった道に屋根を作り、暗闇を作り上げてしまった。

 

 

どうしてオリンピック観ていて、同い年の選手がいると切なくなるのか。それは別に、もうオリンピックに出られないことを寂しく思っているわけじゃない。ぼくは、このまま人生に大舞台もなく生きていくのだろうかという漠然とした虚しさを感じているのだ。

 

 

いつのまにか、挑戦する人たちを観て、憧れを抱いたり、かっこいいと思ってしまうようになった。それは、いいことなのだろうか。悪いことではないと思うが、それでいいのだろうか。

 

 

テレビでは今日も、オリンピックが流れている。暗いトンネルを抜け、辿り着いた選手たちの頑張りはやっぱり美しい。かっこいい。

 

 

負けたくない。同い年や、もっと年下であんなに輝いている人たちの姿をみて、ただただ拍手をしているだけは絶対に嫌だ。嫌なんです。かといって、じゃあ何をしたらいいのかも、それも分かっていないのですが、でも泳いではいたい。ムサンバニみたいにがむしゃらでもいいから、かっこよくありたい。

 

 

 

 

 

ありがとう、ムサンバニ。

あなたはぼくの、憧れのスイマーです。

 

負けないぞ、ムサンバニ。

あなたはぼくの、ライバルのスポーツ選手です。

汚れた足元を愛したい。

 

革靴のつまさきが剥げている、靴下に穴が空いている、そもそも足が臭くなる。

 

家の玄関を開けた瞬間、あらゆる自分の情けない足元を受け入れることになるのだが、それを愛おしく思う日がある。

 

なにも、嬉しげに足を嗅ぐとか、そんな話ではない。歩いたということを、噛みしめているのだ。

 

革靴を何足買いかえただろうか。黒かったつま先は、すこし緑色をしている。

靴下は、親指の位置を正確に示す。

足は言葉を発せない代わりに、臭覚に「風呂に入れ」と信号をおくる。

 

 

 疲れ果てた自分を、肯定するか否定するか。その基準を、会社での活躍にしてしまうとするなら、ぼくの足元は毎日最悪だ。

革靴と穴あき靴下はゴミ箱へ、足に関しては鼻をつまむべきだ。

 

 

でも、本当にそれでいいんだろうか。

 

 

足を動かしたから、つま先は剥げ、穴が空き、臭くなった、それだけは事実だ。

こんな生活嫌だ!と叫びたいけど、それは別に足のせいじゃない。自分の意思で動かした足を、否定するのは違う。

 

 

ぼくたちはもっと、汚れたり、臭くなったことを愛さないと。今日も、明日も、自分を守るためにも。

 

ばっちり決まった日も、そうじゃない日も、ちゃんと動いたことは噛みしめないといけない。何も無かった日でも、「今日も足はしっかり臭かった」と書けばいい。

 

「あっ、この日も足が臭いってことは、自分はちゃんと生きてたんだなぁ」と後で笑えばいい。できれば、お風呂上がりがいいけど。

 

 

剥げた革靴をみて、働いてるって思えるなら、それは飾っておく。靴下の穴をのぞけば、スーツを着ている自分が見えるなら、ゴミ箱じゃなくて洗濯機へ投げ入れる。

 

 

 

おかえりなさい。

今日もしっかり、足は臭いかい?

臭くないのがいちばんだけど。

 

時間外手数料108円

 

しあわせなことに、お客様に恵まれています。

 

怒鳴られたことは一度もないです。強いていうなら、お菓子をあげるという技を使い、うまく、いなされているぐらいだと思います。

 

でも、お駄賃もらったと、よろこんで支店に帰れるのならいいけど、そうもいきません。

「ほら、おばちゃんにありがとう言いなさい!」なんて上司は言ってくれず、成果だけを求められます。

 

そんなぼくも、怒られたわけじゃないけど、お客様に「説教」をされたことは2度ほどあります。

 

 

 

 

ひとつめは、ちょうど去年の冬の話でした。

 

季節の話をしていた時のこと。「寒くなりましたね」のやりとりの中で、話題はインフルエンザのことに移ります。

 

奥さんが、予防接種を受けたか聞いてきました。ぼくは、時間が取れずにまだ行けてないと答えます。

 

 

    あなたのお客様は年配の人が多いし

    インフルエンザにかかることが

    命とりになる人もいるのよ

    そこまでお客様のこと考えないと

 

 

こんな感じの話だったと思います。

 

トンカチで頭をスコーンと殴られた感じがしました。なんでそんなこと考えられてなかったんだろう。

 

それまでのぼくは、インフルエンザにかかったら、一人暮らしだし、しんどいのは自分だけだと思っていました。でも、ちがう。仕事として、お客様のために予防接種を受けないといけない。その辺の意識が去年のぼくには欠けていたのです。

 

 

 

ふたつめは、昨日のことです。

 

 

前提として、ぼくの仕事の競合相手は、周りにある金融機関です。特に、信用金庫は金利がよく、多く利息がもらえるところに定期預金を動かす人もたくさんいます。

 

お金を1年置いておくだけで、既存の銀行より増えるのなら、そりゃ移しますよね。

 

 

極端な話をすると、定期預金の金利0.05%の違いで、お客様が離れていくこともあります。「〇〇金庫のほうが金利がいいから」と言われたら、正直、返す言葉がありません。

 

 

では、どうしてぼくにもお客様がいるのか。そこには、「心意気」という要素が大半をしめています。毎日、足しげく通い、雑談をして、信頼してもらった結果が、0.05%の利息、お金という実益を跳ね返すのです。

 

もう1つが運用です。定期預金ではなく、投資信託や保険を推進して、他行よりもぼくと取引してくれる理由をつくります。電卓をたたいて、数字を掲示するのです。

 

 

 

それは、キャッシュカードの手数料の話をしていた時のことでした。

 

 

「ぼく、いっつもお金おろすのを忘れて時間外手数料払ってるんです」

 

 

自虐的に笑っていたぼくに、お客様が言いました。

 

 

   その話はお客さんにはしないほうがいいよ

   あなたは0.01%の単位で

   お客様に利息の話をしているわけでしょ

   「うちのほうが何百円儲けられます」とかね

 

    そういう世界で話をする人が

    自分の108円の手数料を気にしてないのは

    どうかと思うなぁ

    あなたの話を軽くさせてる気がするよ

 

 

これまたスコーンと失神するかと思いました。

 

時間外でお金をおろしてしまうのは、仕方ないとして、その発言が自分の信頼を下げているかどうかについて、まったく考えられていませんでした。

 

なにも、ケチであれってわけではなく。どう思われるかについて、もっと考えないといけなってことで指摘を受けたのです。

 

 

    とはいえ、あなたらしいけど。

 

 

お客様は、笑いながら付け足してくれました。

 

 

予防接種を忘れてたのも、手数料の話も、「ぼくらしい」に甘えてしまったら、ただの笑い話で終わる可能性もあります。

 

でも、もしそれが通用しなかったら、信頼は静かに少しずつ沈んでいく。

 

 

どこで、ぼくらしくあるか。どこは、プロとして話をするのか。その辺りのさじ加減について、2つの「説教」は教えてくれます。

 

 

例えば、話をしてる間にお腹がグルグルと鳴ってしまうのは、いまの仕事では「ぼくらしい」に甘えられることです。仕方ないなぁと、みかんを出してもらって、親近感をもって話をしてくれます。

 

でも、鳴ったらいけないところもあったりするでしょう。カロリーメイトでもいいから、頬張らないといけない時もきっとある。

 

 

 

このあたりを、もっと分かったうえで、話をしていて楽しい人になっておきたい。

 

それはたぶん、この先、どんな仕事をぼくが選んだとしても、変わらないスタンスであるべきなのだ。

 

 

平均台の上を、フラフラしながらも、落ちないように慎重に。信頼というものを、抱えながら、口から出る言葉や行動を選んでいかないとダメだと、昨日考えていました。

 

 

となりの後輩が悩んでいます。

 

理不尽に怒鳴る社長がいるみたいで、いつも怒られるらしいです。

 

あぁ、ぼくは恵まれてると思いながら、もらったお菓子を頬張るのです。

 

 

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まぼろしの唐揚げ屋さん。

 

営業に配属され、自転車に乗ることを知ったとき、仕事してるだけでダイエットになるぞと喜んだ。

 

となりにいる、そんなぼくを笑った先輩は、入行してから体重が20キロ増えたと聞く。

 ほかの先輩もおなじことを言う。どうやら、そんなにうまくはいかないらしい。

 

 

 

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あれから2年。ぼくはいま、営業に出る前から5キロほど体重が増えた。

 

毎日おなじ町に行き、延々とノルマに追われる生活のなかで、なによりも変化をつけられるのが食事なのだ。

 

新規顧客を獲得するのはめっきりだが、お昼ごはんの新規開拓はどんどん進む。 

 工事中の看板が建ったら、定点観測のように新しい店ができるのを眺め、楽しみに待つ。

 

 

 

 

ひとつ、紹介したい店がある。

 

名前は言わないけど、その店の話をしたい。

名前をつけるなら、『まぼろしの唐揚げ屋』がちょうどいい。

 

 

唐揚げが5つ、オニオンリングが1つお皿にのっている。ごはんと味噌汁は自分でよそい、食べ放題。

となりにある、テレビに出るぐらい人気のうどん屋さんがグループとして出したお店で、素材にもこだわっているそうだ。

 

 

これがうまい。

 

 

何が特別ってわけじゃないが、満足感がすごい。気づけばご飯をおかわりしてしまう。衣がぼくの好きなサクサクのやつだ。片栗粉を使ってると思われる。

 

 

「どんっどん、食べてくださいねぇ」

 

 

お店を任されているおじさんは、とにかく声が大きくよく喋る。イヤホンを付けるタイミングがちょっと遅れた日には、食べ終わるまで会話をするはめになる。

 

フードファイターみたいな女の人が、ご飯を五合食べていったことを、おじさんは楽しそうに語る。料理の自慢というより、とにかく雑談が好きなのだと思う。

 

気づくと、週に一度は、そこで唐揚げをたべて、おじさんの大きな「いってらっしゃーーい!」を聞いて仕事に戻るようになっていた。

 

 

 

さて、どうしてその店は『まぼろしの唐揚げ屋』なのか。

 

昨年末、とつぜんお店は不定営業になった。不定休ではない、いつ開店してるのか分からないのだ。

 

 

いつ行っても、看板にはclosedの文字。開いていない唐揚げ屋を求めていても仕方ない。となりのうどん屋へ行く。

 

 

 

そこに、おじさんがいた。

 

お店の端っこで、ネギを切っている。その姿には、ひとりで唐揚げを作ってる威勢の良さはない。ただただ静かに、うどんに乗せるネギを刻んでいる。

 

なんだかとても、寂しかった。

したっぱサラリーマンをやっている自分の姿を、おじさんに重ねてしまったのかもしれない。

 

 

話を聞けば、唐揚げ屋はメインであるうどん屋の人員不足により、営業ができない状態にあるらしい。

 

 

 

「また、いつか開けますんで」

 

おじさんの声は、となりの唐揚げ屋の時に比べて弱々しかった。

 

それから、数ヶ月経ったある日。

 

 

OPEN!!

 

 

唐揚げ屋が、開いていた。

 

ドアを開けると、「いらっしゃいませ!」とおじさんの声が響く。数ヶ月ぶりに食べた唐揚げは、やっぱりうまい。ご飯も、味噌汁もうまい。

でも、静かに食べたいからすぐにイヤホンをつける。そんなことも変わらない。

 

これだよこれ!と思って、周りを見渡すと、同じように作業着やスーツの人が、山盛りのご飯を食べていた。

 

食器を返却し、店を出る。

 

 

「いってらっしゃーーい!」

 

 

おじさんの声を背中に店を出る。この声の大きさ、うるさいけれど、悪くない。そんな感じで、またいつもの日常がひとつ戻ってきたと思ったわけです。

 

 

 

そして、今週の月曜日。

 

誘われるように行った唐揚げ屋、そこにはまたclosedが寂しくかけられている。

うどん屋をのぞけば、おじさんが机を拭いている。同一人物とは思えないぐらい、テンションが違う。

 

 

でも、よかった。一度は再開したんだから。

 

たった数日だったかもしれないけど、人員不足が解消された時、あの店はたしかにopenしていた。

 

『閉店した唐揚げ屋』じゃなくて、

『まぼろしの唐揚げ屋』になったんだ。

 

 

ネギを刻んだり、机を拭いている物静かなおじさんは仮の姿で、本当のおじさんをぼくは知っている。このギャップを、楽しめるのは観光客ではなく、毎日ここに来ている人間の特権だ。

 

 

 

結局その日は、うどん屋には行かず、別の中華料理屋さんへ行った。じつは、そこにも独特なおばちゃんがいて、それはそれで話になる。

 

 

 

あぁ、体質改善しないといかんなぁと思いながら、今日も電動自転車のアシストで前へ進むのです。

 

 

 

好きの海を遠泳したい。

 

多趣味とまでは言えないが、好きと言いたいものは多い。

 

漫画、映画、書籍なども、それなりには触れているし、スポーツを観るのも好きだからオリンピックは楽しみで仕方ない。

 

好きの深度について、考えていたことがある。サブカルチャー的な、これなら圧倒的に語れるジャンルのものをひとつは持ちたいと思うのだけど、広くそして浅く、好きなものを増やしている気がする。

 

 

たとえば、就職活動の合同説明会のように、たくさんの島で、とあるジャンルの猛烈なファンが語り合っている場所があったなら、ぼくは行き場をなくして会場をあとにするだろう。

 

 

 

 

好きなものって、すぐに大好きにならないとダメなのだろうか。

 

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特別にみんなよりも『好き』の力が強いことは、必要なのでしょうか。ちょっとでも、「あぁ、ええなぁ」と思うものがあったら、それはその瞬間から、大好きなものに向かって動き出さないといけないものなのだろうか。

 

広く浅く好きなものを増やし続けることは、ともすればミーハーと言われてしまう世の中だ。マニアックであればあるほど、知らない知識が出てくるほど、かっこいい。でも、すぐにそんな背伸びしなくていいんじゃないだろうか。

 

 

ぼくは、好きの海は深さではなく、広さを意識するべきだと思っている。

その先に、深度は自由にあとで考えたらいいんじゃないだろうか。

 

 

 

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これは、ぼくが広告を好きになって、なんかいいなぁと思っていたおじさんの絵です。

柳原良平さんというイラストレーターが手がけた、サントリーのトリスの広告に起用されキャラクターなのですね。

 

 

かと言って、絵を買って飾るわけでもなく、でも町を歩いていて見つけたら、ニヤリと笑う程度に好きだったおじさんでした。

 

 

営業を任されたその町には、どこかそのおじさんに似た看板がありました。

 

毎日、その絵を眺めては「あれって、そうだよなぁ」とか思いながら、通り過ぎる。そんな感じで1年ぐらいが過ぎたとき、とあることが判明します。

その看板は、お客さんの会社のものだったのです。

 

 

「もしかしてあれって、柳原良平さんの絵じゃないですか?」

 

「えっ!あなた、なんでそんなこと分かるの」

 

 

話を聞いていくと、柳原さんのお父様がこの町の発展に貢献され、幼いときに彼はここで船の絵をたくさん描いていたとのことだったのです。そして、縁あって、お客さんと仲良くなり、会社のイラストを手がけてくれた、そんな話でした。

 

 

ある日、定期預金の書き換えで自宅を訪問したとき、お客さんが通帳のほかに、1枚のポストカードを持ってきました。それは、柳原さんが親交の深かったご主人に送ってくださった、何年も前の個展の案内状でした。

 

 

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「なかむらくん、柳原さんのこと好きって聞いたから、せっかくだしあげるね」

 

 

 

広告が好きで、でも、広告業界に就職できなくなった時点で、ぼくの世界は完全に閉ざされたものだと思っていました。

好きなものを、声をあげて好きと言えず、もう遠く離れたものにしてしまっていたぼくにとって、仕事の時間に柳原さんの絵について話ができる日がくるなんて夢のようで、うれしかったです。

 

 

あぁ、この仕事をしてなかったら、出会えなかった嬉しさだし、柳原さんの絵を好きって思ったことを大切にしていて良かったと思えました。

 

 

 

それから、数か月後。

 

ぼくは、コピーライター養成講座という広告の学校に通いました。サントリーの広告を手がけていた、西村佳也さんという素晴らしいコピーライターの先生とお話をしていたときに、柳原さんのことを聞いてみました。

 

船が好きだということや、営業エリアが縁のある場所だということなど。西村さんはそこからたくさんの当時の話をしてくれました。

 

 

 

ぼくが、好きということを大切にしていなかったら、浅くても、好きの海をひろげていなかったら、きっと西村さんに話を聞けなかったと思います。

 

 

 

心の中で「これが好きだなぁ」と思っていたことが、ある日とつぜん、自分の生活に繋がってくることがある。その嬉しさは、もう格別で、運命の人と出会ったときのように、一気に自分の心を満たしてくれます。

 

 

柳原さんの絵が好きだったことが、時を経て、この町が好きになるきっかけをくれ、お客さんとの交友を深めてくれ、西村さんのお話をもたらしてくれたわけです。

 

 

 

ほかにもですね、ぼくは広島カープの大ファンなのですが、実は毎日前を通っている中学校がある選手の母校で。お客さんの息子が同級生だったり、お父さんがお店の常連だったり、そんな偶然があったりします。

 

 

相撲を観るのも好きなのですが、実は横綱のいる部屋が、ぼくの営業エリアで大阪場所は泊まり込みで稽古をしていて、テレビの取材がいっぱい来ていたりもします。

 

 

 

 

当たり前のことかもしれませんが、言います。

 

 

好きなものが、うれしいことを運んでくる。

 

 

柳原良平さんも、広島カープも、相撲観戦も、ぜんぶ好きじゃなかったら、なにもうれしくないことだったし、気づきもしなかった話です。0か1か、その境界線は、じぶんがそれを好きかどうか。

 

調べてみたら、じぶんの興味のあることに関係していることは山ほどあるのです。そして、それはすごく偶然的なしあわせを運んでくれる。

 

 

 

目の前にある、コンビニで貰いすぎた割りばしも、捨てずにたまっている不動産のチラシも、日経新聞の中身も、ぜんぶ好きなものだったとしたら、ぼくの周りにはしあわせしかない。

 

 

そこまで極端に、すべてのことを好きになる必要はないけど、でも、みんなよりも知っているとか、みんなよりも知識が浅いとかで、興味のあるものを捨てないほうがきっといい。

 

ほそ~い糸も、いつかどこかで、がっちりとあなたの人生と結びつくときがくる。その嬉しさを、みんなで待ってみませんか。

 

 

ぼくは、好きの海を遠泳していたいです。

 

 

そして、本当に大好きになりたいものがあったら、ザブンと潜ってみるのもいい。息は続きます、大丈夫。それもまた、自分のたいせつな心の支えになると思います。

 

 

今日、好きなものが増えたら、

明日、いつもの景色でしあわせに気づくかもしれない。

話もあわなかった人と、仲良くなれるかもしれない。

 

 

そんなふうに思うわけです。

 

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

あぁ、柴咲コウさん、麻生久美子さんが好きだ。

人生に関係してくれ。

『ジュブナイル』を感じて。

 

 

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ぼくが知っている言葉のなかで、いちばん洒落ている英語を使いたい。

 

juvenile(ジュブナイル)

 

少年期という意味の英語です。

日本では、小学校から中学校ぐらいの少年少女たちが、冒険をしたり、恋をしたりして成長していく文学作品を、ジュブナイル作品とジャンル分けされていた時期があったそうです。最近はあまり耳にしません。ぼくも、今回、この言葉を思い出したときに調べて初めて知ったことです。

 

そもそも、どうしてジュブナイルという英語を思い出したか。

 

 

 

レンタルDVD屋さんで、ひょんなことから手に取った映画が『ジュブナイル』だったのです。

 

 

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その映画を、ぼくは小学校のときに一度観たことがありました。ストーリーは覚えていなかったけど、作品に出てくるロボットのセリフ「テトラ、ユースケニ、アッタ」という音だけはずーっと頭に残っていて、気づけばレジに並んでいました。

 

 

 

物語は、テトラというロボットと、少年少女たちの出会いから始まる。

 

主人公の部屋には、4人のともだちが入りびたる場所になっている。床にはミニ四駆や、コロコロコミックが転がっていて。少年たちは並んで線路の上を歩いたり、自転車にまたがって坂を駆け上ったりする。

 

夏休み、タイムトラベル、ロボット、恋、線路、自転車。

 

そこにやってきた謎の宇宙人。主人公とテトラは、地球を守るために戦うことになります。唯一の、大人として彼らの味方である研究者を演じるのは、香取慎吾さん。あの頃、この映画を観ていたぼくにとって、香取さんはものすごく大人に見えました。

 

いまでも、彼はずっと大人だ。

 

とにかく、少年期がどどどっと詰まったこの映画に、ぼくは15年ぶりぐらいに出会いました。

 

 

 

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話はとつぜんに変わるが、ぼくはドラえもんが大好きだ。

 

この絵は、ぼくが社会人になって、いちばん満足のいくお金の使い方をしたと思っている、劇場版『ドラえもん のび太と銀河超特急』の複製原画。

 

のび太ドラえもんたちが、ヤドリという敵に立ち向かうワンシーンが描かれています。

 

毎朝、ぼくは、この絵を見てから会社へ向かう。勇敢に立ち向かう彼らの姿、銀河超特急の色の鮮やかさ、そしてドラえもんという存在。すべてが、ぼくに勇気や活力をくれている気がしていて、もしかしたら、見るというより眺めるといったほうがいいかもしれません。

 

 

 

ジュブナイル』という言葉をひさしぶりに目にして、その意味を再確認したとき、ぼくは「あぁ、そういえば、ぼくが生きていたいと思える場所はここだった」とスキップしたいぐらい嬉しくなっていた。

 

何気なく、ドラえもんの絵を眺めてしまっていた行動の意味を、ようやく理解することができたからなのです。

 

 

 

 

ぼくは、『ジュブナイル』を感じていたい。

 

 

 

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社会人になって、言うことじゃないかもしれない。

 

でも、少年たちのひと夏の冒険や、恋の香りがする場所に、自分はいるのだと思いたい。できない自分への葛藤や、成長していく自分をもっと、劇場型としてみていたい。

 

 

『仕事をして、お風呂に入って、疲れて眠ってまた明日。土日は、いろいろやろうと思うけど、月曜日のことを考えるとちょっとしんどい。でも何とか明るく生きなきゃと思って、どこかに出かける。』

 

 

 

そんな生活こそが、これからの人生なのかもしれないと、うっすらと感じている自分にちょっと嫌気がさしてきていた。

 

 

 

なにも、田舎の港町でくらして、25歳にもなって半袖短パンで野球帽をかぶり、自転車にまたがって、宇宙人を探したり、花火大会に女の子を誘ったりしたいわけじゃないです。

映画の世界にずっといたいとか、ドラえもんが近くにいて冒険がしたいとか、そんな気持ちは無いわけじゃないけど、実現しないのはちゃんと分かってます。それなりに、社会的な大人だし・・・・。

 

 

でも・・・・。

 

 

例えば仕事をしていて、お客さんの話にすごく心が動かされた自分がいたら、その機微をもっと大切にしたい。とっても小さなことだったかもしれないけど、成長できたことを、喜んでいたい。それが、何に繋がるかは分からないけど。

 

帰り道に、とても綺麗な月があったら、もっと純粋に喜びたい。そのときには、会社のことなんか、ぜんぶ忘れていたい。

 

半額のシールが貼ってあるお寿司を持ってレジに並んでいて、前の奥さんのカゴに3割引きのシールのお寿司があったことを、もっとモヤモヤさせたい。そこに何かあるんじゃないかと、じーっと立ち止まりたい。何も、なかったとしても、いい悩み方をしたなぁと余韻に浸りたい。

 

 

 

いつの間にか、大人になって、成長の先に具体的な報酬を求めるようになってきている。それは、お金だったり、地位のようなものが多い。

 

昨日、会社の組合の集まりがあって、そこで出てきたのはボーナスの要求額や、役職手当の話題だった。もちろん大切だ。ぼくもいつか、そのことをもっと意識しないといけない立場になるかもしれない。

 

 

でも、でも、やっぱりそんなことだけを悩んで、生きていきたくはない。

 

もっと、無意味にワクワクしたり、モヤモヤすることを楽しみたいんだ。

当たり前のように、なにかを捨てていくことだけは絶対に嫌だ。

しんどいことも、うれしいことも、ぜんぶ一度は部屋に転がしたい。あの頃、自分の部屋にあったミニ四駆や、コロコロコミックのように。

 

 

会社の上司を、ノルマを求めてくる敵じゃなくて、宇宙からやってきた謎の生命体として立ち向かいたい。当たり前の存在として、受け入れたくはない。どうして、こんなにしんどいことをしないといけないんだと悩みながらも、あの手この手を考えたい。

 

 

好きな本を読んで、好きな映画を観て、そこで感じたことをパワーにして、どうせなら敵をやっつけたい。

 

一般的な大人はこうやって乗り越えるとか書かれたマニュアルはいらない。

 

 

 

成長の先に何があるか分からないけど、でも、もっと冒険する気持ちで24時間を過ごしたいし、1年を生きたいと本気で思っている。

 

 

ぼくがドラえもんの絵を眺める理由は、そこにある。

玄関の外に続く、不確定な世界を、一般化させて終わらせないためだ。

 

 

 

 

ここ数ヶ月、そんなことを考えつつ、下書きにためていたことが、1つの言葉で集約されました。この言葉に、出会えてよかったなぁ。

 

 

じつは、映画の『ジュブナイル』は、ドラえもんと深い関係があるのですが、そこはまた別の機会にでも。話がながーーくなりますので。

 

秘密のパン屋の、秘密。

 

営業に出ることになって、初めて引き継がれた場所はパン屋さんだった。

 

エリアをちょっと外れた場所にあるそのパン屋で、前任のベテラン行員さんは、モーニングセットを注文しぼくに言った。

 

 

「ここはねぇ、ずっと担当者が引き継いできた秘密の場所だから」

 

 

歴代の担当者がみんな、このパン屋でサボっていることを教えてもらった。引継ぎは、ぜんぶで3日間だったが、そのすべてのモーニングをそこで食べることになる。

 

 

当たり前のように、エリアを外れて、その人は自転車でパン屋へ向かう。

確かに、パンが美味しい。しかも、朝9時~10時はドリンクが100円。朝ご飯が200円で食べられる。すばらしい。

 

 

これからは、こうやって適度に仕事をして、適度にサボってサラリーマンをやっていこうと、そう思ったものです。

 

 

しかし、現実はそうはいかない。

 

 

 

もし、いまのぼくが転勤になったら、サボり場所の引継ぎだけで3日を要するほどに、仕事と休憩のバランスは崩壊している。一日の大半を、ベンチからベンチへとおしりを移すことに使う。よくサボり、ちょっと働くことで、なんとか精神を保って毎日をすごしている。

 

四季に応じて、快適な場所を提供できる自信がある。

 

では、そんなぼくが、1年を通してオススメする場所はどこか。

 

 

 

そう、あのパン屋さんです。

 

 

特にダメダメな一日だったときに、気づいたらそこでパンとミルクティーをいただいている。たしかにパンは美味しい。だけど、エリアを外れて、ちょっと遠いそのパン屋にどうして行ってしまうのだろうか。不思議な引力があるのだ。

 

 

どうして、このことを書いているかというと、今日は、その理由が何となくわかったからだ。

 

 

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金曜日で、寒くて、ヘロヘロになって向かったのはいつものパン屋。

イートインのコーナーには誰も座っておらず、いつもとは違う男性の店員さんが一人でいた。

 

 

トレーにパンを置いて、レジへ向かうと、『すぐに戻りますので、しばらくお待ちください』のメモ書きがある。男性の店員さんは振り向いてくれず、黙々と皿を洗っている。

 

 

しばらくして、いつもの女性の店員さんが走ってきた。

 

そして、こう言った。

 

 

「ごめんなさいね、うちの仲間は耳が聴こえないんです」

 

 

振り向てくれなかった理由は、ある程度分かっていた。そのパン屋さんは、体や脳をすこし悪くされた方々が働く施設の中にあるのだ。

 

 

だから、なぜ男性の店員さんが黙々とお皿を洗っているのか、レジにそんなメモが残されているのか、ぼくは大体理解できていた。

 

 

ただ、驚いたのは、いつもレジにいる女性の店員さんが『仲間』という言葉を、一切の戸惑いもなく使ったことだった。

 

一緒に働いている人を、仲間と呼んでいることをぼくは知らない。ほかにお客さんもいないし、別に世間体を気にする必要もない。

 

だけど、その女性は『仲間』という言葉をごく自然に使った。

乗組員と、社員のことを呼ぶ会社をぼくは知っているが、それと同じような温かみを感じた。

 

 

普段から思っていることじゃないと、あんなに自然に言葉は出ない。べつに、ここが特別な施設だから、感傷的になったわけじゃない。このパン屋さんは、本当に仲間だと思って、助けあって仕事をしているのだ。

 

 

なんだかとても満たされてしまった。

 

出されたパンが、いつもよりも、ずっとずっと美味しく感じてしまった。

 

仲間と呼び合う、たくさんの人が関わったパンを、のんびりじっくりぼくは食べた。

 

 

 

ミルクティーを飲み終える。最近は糖分をきにして、ガムシロップは入れないようにしている。

 

 

「すいません、これ使ってないので、もったいないから」

 

 

そういって、店員さんに未開封のシロップをかえす。ちょっと驚いた顔をしながら、ぼくの糖分返しを受け取ってもらう。

 

店を出ようとすると、「ありがとうございます、また来てください!」と背中越しに声が聞こえる。

 

 

言われなくても、来週もこのパン屋に来るだろう。

 

理由は、いろいろある。パンが美味しい、ドリンクが安い。トイレは広いし、ビートルズが流れている。お客さんに見つからないし、暖房が効いてる。

 

でめ、いろいろあるけど、一番はやっぱり、ここが「あったかい場所」だからなのだろう。そんなことを思いながら自転車にまたがった。

 

 

あぁ、今日の営業成績はゼロ。また上司に言い訳をしなきゃいけない。

そんなことを思い出し、自転車にまたがった夕方のことでした。

 

 

 

K先生、ヤクザやん。

 

「われ、あんまなめとったら痛い目みるぞ」

 

土曜のお昼に、再放送で『ミナミの帝王』をよく観た。裏の世界の人間が、ポケットに手を入れ、ゆっくりと相手に近寄りポツリとつぶやく。吉本新喜劇のチンピラ役が、借金をした兄弟を探しにやってきたときに叫ぶ。

 

確かに迫力があるのだけど、でも、まぁドラマや舞台の上でのお話なので、小学生でもせんべいをかじりながらボーッと眺めることができた。

 

 

ぼくは一度も、「われ」という呼称で言い寄られたことは、幸運なことにまだない。でも、いつかあるような気がする。

 

悪意なくルール違反を行なっていたり、誰かを傷つけたりしたら、「われ、ええ根性しとるな」なんて言われて胸ぐらを掴まれるかもしれない。

 

どうして、その「われ」と呼ばれる可能性に怯えているか。それは、リアルに言われてる人を見たことがあるからだ。

 

 

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小学5年生の担任のK先生は、とても明るい人だった。身長は190センチ、アントニオ猪木の名言が大好きで、鉄拳の漫画をみんなに貸してくれたり、嘉門達夫のCDを流したり、とにかく生徒から好かれる先生だった。

 

たぶん今のぼくと同じぐらいの年齢(25歳)だと思います。

 

周りのクラスに比べ、おなじ6時間目まですごしていても、とにかく笑いの耐えない教室で、ぼくはK先生の作り出す空気が好きでした。

 

 

 

その先生が、齢10才の少年に、190センチの体で、見たこともないような目つきをして言いよったことがありました。「われ」という言葉を、現実で見たのはそれが最初で最後です。

 

 

 

「われ、あんまり調子のっとったら許さんからな」

 

 

K先生、ヤクザやん。

 

もう、無条件にビビりました。

 

教室は凍りつき、言われてる当人は目に涙を浮かべてうなずきました。今なら、PTAとかにボロボロに言われるような出来事だったと思います。

 

どうしてこんなことになったのか。

 

 

進学塾に通っていて、中学受験をする予定だった男の子が、勉強ができない子をあざ笑ったのです。

 

 

「こんなのも分かんねぇの?」

 

 

班のみんなで考える授業をしていた時、彼の発言にK先生はブチ切れました。

 

怒られてないのにこっちまで震えるぐらいで、大人として子どもに叱るというか、人間として人間に怒っているような気がしました。

 

 

その男の子にどこまで悪気があったか分かりませんが、何気なく溢れた言葉がどれだけ人を傷つけるかを、先生は教えたかったのだと思います。やりすぎなのかもしれないけど、でも、ぼくは今でもその「われ」を思い出すのです。

 

 

 

あれから15年ぐらい経つ。

 

「われ」と呼ばれないためにも、人を傷つけないためにも、あの時のK先生の人間としてのブチ切れを忘れることなく毎日を生きている気がする。

 

 

 

数年前に、小学生の何十周年かの記念で、卒業生が集まるイベントがあったそうだ。

 

Facebookで友達経由でまわってきた写真には、当時の先生たちから今のぼくたちへのメッセージが書いてあった。

 

 

 

 この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。迷わず行けよ。行けばわかるさ。

 

 

 

アントニオ猪木だ。

 

40才のK先生もかわってないなと、うれしくなってしまった。同時に、いまでも「われ」と言えているのか気になった。

 

教師が生徒を叱れない世の中になっている。ぼくはギリギリ、そうじゃない頃に教育を受けれたことに感謝したい。

  

 

これからも、ぼくは「われ」に怯えていたい。

適当になにかを言おうとしたら、あの日の教室がチラついて背筋がピシッと伸びている気がします。

 

 

 

 

 

そのドラマが面白ければ。

 

整骨院の先生に、興味深い話をきいた。

 

13時~14時にかけて、予約がうまるシーズンと、うまらないシーズンがあるという。

 野菜の収穫や、お魚の漁獲量とちがって、にんげんの健康に波がそんなにあるとは思えない。まして、整骨院だ。からだの痛さは、年がら年中だ。

 

ぼくのお客さんにも、健康のために、毎日整骨院に通っている人がいる。病院の常連とは、なんだか微妙な表現だけど、でも通院友達との会話をたのしみにしている人がたくさんいるらしい。

 

 

さて、予約がうまるシーズンと、うまらないシーズンがどうして発生するのか。

 先生が言うところのシーズンとは、季節のことではない。

 

韓国ドラマの1クールのことなのだ。

 

 

毎日、13時~14時にかけて放送される韓国ドラマ。その出来・不出来が予約に直結するというのです。ガラガラの時は、みなさんが家でドラマを見ている。逆に、予約が埋まってくると、今回のドラマは外れなのだなと判断する。先生本人にとっても、録画をするかどうかの良い判断材料なるとのこと。

 

これが、となり町の整骨院にお客様を取られていたなら大問題だけど、そういうわけでもない。ライバルは、韓国のメロドラマなのだ。

 

この現象を『録画をするかどうかの判断材料』にした先生の考え方がすごく面白いと思ったわけです。

 

 

 

「あぁ、その指標はすごく参考になりますね

 ちなみに、今シーズンは先生は録画しているんですか」

 

 

ぼくの質問に先生はうなずきました。

それを聞いて、13時~14時にかけて、ぼくはふだん会えないお客さんの家を周り始めた

わけです。

 

 

これが面白いぐらいに、みんな家でドラマを観ているから、会えるわけです。歓迎してくれるかは別として、チラシだけは受け取ってくれるのです。

 

 

 

韓国ドラマの面白さが、整骨院の予約に直結する。

整骨院の予約が、先生の録画するかの判断に繋がる。

先生の録画判断が、ぼくの営業の周り方に関係してくる。

 

 

 

ヒントにするものが、遠ければ遠いほど、仕事はちょっと楽しくなるのだなぁと思いながら、死にそうな顔で今日も自転車にまたがるのです。

 

つかれたなぁ。はやく立ち止まりたいなぁ。

 

 

 

「今月はけっこう調子がいいね」

 

「ええ、整骨院の先生が韓国ドラマを予約してるんで」

 

そんな会話をしてみたくって、ちょっと頑張ったわけなのでした。

酒とたばこと女のための資産運用

 

ともだちと会うと、よく仕事の話になる。

 

「最近、どんなことしてるん?」

 

 

近況報告をしていると、みんなの口からは、どんな国へ出張へ行ったとか、製品開発に携わったとか、いろんな話が出てくる。ぼくができる話といったら、なんとも言えない日常の話ばかりだ。お金の話や、人生、命の話になるから、周りが反応に困っているのがビンビンと伝わってくる。

 

だから、友達と仕事の話はあまりしない。

 

同期の子と話をしていても、周りはぼくに気を遣う。おなじ銀行で、おなじ営業をしているのに、周りはぼくの話に困っている。

 

だから、同期と仕事の話はあまりしない。

 

 

仕方ないことだと思っている。

 

ぼくは銀行員として営業をしている限り、お客さんの人生と向き合うことを決めたから、だからどうしても、生々しい話になってしまう。お金の話も、人生の話も、ぜんぶ全力で受け止めようと決めたからこそ、重い気持ちになることも多い。

 

 

 

 

「もう半分あかんねん・・・・」

 

 

電話ごしの声は、とてもよわよわしかった。

昨年の夏ごろ、肺がんが見つかったと笑ってぼくに言いに来たおじさんだ。

 

いつ会っても、

「あのなぁ、なかむらさん、男は酒とたばこと女やで!」

と口癖のようにぼくに言い、街で出会うと、どんなに遠いところからも手を振ってくれる人だ。

 

 

そんな豪快なおじさんの声がほとんど出ていない。

 

 

 

実は、このおじさんは、ぼくが初めて自分で投資信託を成約させてもらったお客様だ。たまたま口座があったので電話をしてみたら話を聞いてくれて、お店にやってきてくれて、ぼくのお客様になってくれた。

 

別の銀行のお姉ちゃんにも勧誘を受けてることを、自慢げに言いながらも、さいごにはぼくを選んでくれたおじさん。その理由は、分かりません。もしかしたら、家が近いってだけだったかもしれない。お姉ちゃんがタイプじゃなかったからかもしれない。

 

 

 

「〇〇銀行のなかむらさ~ん!」

 

ある日、いつもの海辺でサボっていたら、イヤホンの音楽を飛び越えて誰かがぼくの名前を呼んでいました。顔を上げると、船着き場に作業着のおじさんがいて、笑いながら歩いてきました。

 

サボっている現場を目撃されて、なんとも気まずいぼくに、「サボらないと仕事なんてやってけないで」と言いながら、おじさんは作業をしている船の説明をしてくれました。

 

 

酒・たばこ・女

 

たぶん、プロフィールだけじゃ、絶対に仲良くなれないと思うおじさんと、ぼくは雑談を楽しんでいました。資産の量だけでいうと、銀行にとっては決して大きいお客様ではないけど、ぼくにとっては大切なお客様。

 

 

だから、いてもたってもいられず、電車に飛び乗ったんです。

 

月末のこの時期に営業をほったらかすことは、結構マズいので、自転車を隠して病院へ行きました。

 

 

 

「なんだぁ、来なくていいのに」

 

 

大きな酸素吸引機を鼻につけたおじさんは、バツが悪そうな顔をしていて、話をするのも苦しいようで、小さな声で笑っていました。

 

ぼくは、おなじ装置から酸素をもらっていた祖父の姿を思い出し、言葉につまってしまって、だから、とりあえずお見舞いに買った『いちご大福』を渡しました。

 

 

病院のお見舞いに、いちご大福を買ってきてしまうナンセンスなぼくに、おじさんは、

 

「酒をとめられてるからなぁ、甘い物ほしいねん」

 

と笑いながら、孫と食べると受け取ってくれました。

 

 

 

それから、ちょっと談笑をしていたのですが、やはり話題は相続のことに。自分が死んだらどうなるのか、今のうちに投資信託は解約すべきか。

 

しばらくの間、銀行員に戻って会話をしました。一般的な事務について、その後の対応について。でも、言いたいことはそんなことじゃない。

 

 

 

「・・・・まぁ、元気になって、また店に遊びに行くわ!」

 

 

ぼくの表情を察してか、電話口では、あんなによわよわしかったのに、小さい声だけど強い言葉をぼくに言ってくれました。

 

 

「はい、ロビーで会いましょう」

 

 

 

そんな会話をして、ぼくはまた、月末の営業に戻りました。

 

 

 

大好きな曲である、浜田雅功と槇原敬之の『チキンライス』には、こんな節がある。

 

『最後は笑いにかえるから』

 

「貧乏時代の話をたくさんするけど、さいごは笑いに変えるからさ」と、そんなメッセージがこめられたフレーズだ。

 

 

確かに、ぼくの仕事の話は重い。誰かと話をしていても、大爆笑にもならないし、興味深い話にもならない。だけど、人と人が向き合ったときにしか生まれない言葉や想いに、この数年でたくさん触れてきたと自分では思っている。

 

 

『最後は笑いに変えるから』

 

このフレーズをぼくも大切にしたい。すぐに、オチがつくとかそういう話ではない。最後はちゃんと笑っていられるように、学ばせてもらったことは大切にしようという姿勢の話だ。

 

 

 

奇跡のようなものが起きるとしたら、いまだ。

 

おじさんがまた、酒・たばこ・女を追えるように、ぼくも資産運用で力になりたい。