得も損もない言葉たち。

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日常をひとます、休まず。

あなたのクスッとをください。

バイキングは、夢である。

 

食べ放題が好きだ。

 

小さいころ、はじめてバイキングへ連れて行ってもらった日、

まさにそこは夢のような場所だった。

ここぞとばかりに、から揚げやお肉を皿に盛る。

好きなものを、好きなだけ。

気持ちばかりのサラダで、お母さんの様子を伺ったりした。

 

この大きなお皿に、何を乗せても怒られない。

すこしだけ、大人になった気分で、

 

おっこれはええな

ここにちょっとだけ色味をつけておくか

 

みたいな感じで、すこしだけアーティストちっくな雰囲気まで湧き出てくる。

 

 

 

なぜ、こんなことを思ったかって、

昨日ぼくは食べ放題へ行ったんです。

 

しゃぶしゃぶとお寿司が食べ放題というお店。

 

・・・もう一度。

 

しゃぶしゃぶとお寿司が食べ放題。

夢です、夢。

大人のぼくにも、まさに夢のようなお店。

 

お肉とお寿司は、店員さんにオーダーする。

牛を何枚、豚を何枚、お寿司は何と何とを2貫ずつといった感じで。

数分もしないうちに、テーブルの上には夢が広がる。

 

 

野菜はといえば、サラダバーのように、

たくさん盛られたコーナーから好きなものを収穫する。

 

白菜、しいたけ、えのき、ねぎ、豆腐、じゃがいもスライス、だいこん、中華めん。

そのほかにも鍋に入るお肉以外のものが並んでいます。

 

おっきなお皿を持って、たくさんの人たちが、

鍋にいれる具材をえらんでいくのですねぇ。

 

 

土曜日の夜は、たくさんの家族連れ。

ぼくも、ウキウキでおっきなお皿を持って列に加わります。

 

 

あ、ぼくバイキングで必ずすることがあって、

それが、頭のなかで実況をするってことなんです。

 

 

ちょっと大人の顔をした少年の、

バイキングっぷりを観察したり。

 

トングを持って子どものような目をしたおじさんの、

バイキングっぷりを観察したりするんです。

 

そして、その動きを頭のなかで実況する。

 

 

 

さぁ、ケンちゃん(仮)がいま、ポケモンのトレーナーに身をつつみ、

堂々と入場してまいりました。

左手には自分の顔よりも大きなお皿。

右手にはカチカチと鳴らす黒いトングです。

なにをとるのか、ファーストタッチはなにか。

 

う~ん、ここは最初は白菜に手をつけるのが一般的ですが、

まだまだ若いルーキーです。

その風貌にまどわされて、じゃがいもスライスに手を出すのではないでしょうか。

 

どうする。どうするんだ。

 

なんと、まさかの中華めんだぁ。

中華めんを何回も何回もつかんで盛っている~。

そして、横においてあるうどんも、乗せたぁ~。

 

出来上がったのは、中華めんとうどんの山。

 

しかし、ケンちゃん(仮)は動かない。

まだいく、まだいくのです。

絶妙なバランスで成り立っている山に、さらに麺をのせていく。

 

 

ぼく、あなどっていました。

彼のかりそめの姿にまどわされていました。

ケンちゃんは、うどんや中華めんをとった。

つまり、食べ放題の〆へとやってきている。

 

ぼくなんかより、ずっとずっとベテラン選手だったのです。

だからこそ、あんなに絶妙なバランスのパフォーマンスを披露できるのです。

 

 

何食わぬ顔、麺食う顔をして、

彼はどこかへ消えて行きました。

 

 

圧倒的なバイキングを目の当たりにして、

 

 

ぼくはと言えば、

白菜やしいたけを皿にのせ、

じゃがいもスライスをすこしだけ。

色味を気にして、にんじんを気持ちばかり。

 

 

だめだ、完全に負けている。

好きなものを堂々とやってきてかっさらっていく、

あの少年の姿が忘れられない。

 

 

にんじんをそれだけ乗せても、ほとんど意味がないのに、

色味なんかを気にして置きにいってしまっている。

どうせ席にもどったら、そのまま鍋の中に消えていくのに。

もっと、もっと、自分のためのバイキングをしなけりゃいけない。

そうだ、ここはぼくの夢だ。そしてみんなの夢だ。

誰かに見られているから、食べる物を選ぶなんて間違っている。

 

 

ぼくの夢は、ぼくが作るんだ。

 

 

待ってろ野菜たち。

次のタームで来るときには、

驚きのパフォーマンス見せてやる。

 

Mr.バイキングであるケンちゃん(仮)に負けてたまるか。

 

 

 

並々ならぬ決意を抱き、席へ戻ろうとすると、

 

 

 

自分の顔ぐらいの大きなお皿に、

お花のようにお野菜を綺麗に盛り付けている、

シゲオさん(仮)(50代)がにんじんを刺し色に使っていました。

 

 

白玉の先に。

 

帰り道の電車で聞こえてきた言葉。

 

「調理実習を乗り越えないとあかんわ」

 

なんてことだ。

調理実習は、乗り越えないといけない壁になってしまったのか。

 

ぼくは、好きだった、調理実習。

エプロンつけて、バンダナを巻いて、

忘れた人は給食当番の服を着て。

 

先生の言われたとおりに作るのに、

美味しくできる班と、できない班があったりして。

 

みんながおなじように進んでいるのに、

片づけが早い班と、昼休みにまで突入する班がある。

 

気になる女の子と、おなじ班になってたりすると、

「料理って素晴らしい」って思い続ける時間になる。

 

隠し味とか言ってちがう料理につかう調味料を、

調子に乗って使って、まわりに白い目でみられるやつがいる。

 

 

調理実習が乗り越えないといけない壁なのか。

乗り越えた先に何があるんだろうか。

あんなに楽しい時間なのに。

 

みんなでダラダラつくる、

ミートソースのスパゲティに勝てるものはあるんだろうか。

 

きっと、彼らにはもっと楽しい時間がいっぱいあるんだろう。

 

カラオケ行ったり、USJに遊びにいったり、

LINEでやりとりしたり。

 

それでもやっぱり、

白玉フルーツポンチを作るのはめっちゃ楽しいんだけどなぁ。

 

白玉の先に、いったい何が待っているんだろう。

 

そんなことを、ボーっと考えていると、

さいごにまた聞こえてきた。

 

 

 

「ふふふ、あの白玉地獄を乗り越えないとあかんよなぁ」

 

「うん、あれは地獄や」

 

 

なんやねん、

ボルダリングみたいに、

楽しそうに壁を登っとるやないのよ。

 

あ。

 

まっすぐな壁に、

石をたくさん貼り付けたら、

ボルダリングになるな。

 

ってことは、

いろんな壁が自分の前に立ちはだかったら、

たくさんのポイントを作っておいて、

どこに進むか、足を置くか、手を伸ばすかを考えながら登ると、

とても楽しめるんじゃないだろうか。

  

それにしても、

来月のノルマという壁は高いし、

なかなか石が貼りつかないのである。



エレベーターのベジータ様

 

どうして、少年は壁にエッチな言葉を書くのだろう。

 


小学校の時、プールの裏にある倉庫の壁に、

エッチなことがと書かれていると聞きつけ、

ともだちと見に行ったことがある。

 


当時は、なんの知識もなかったので、

たどりついたホコリだらけの倉庫の壁にでかでかと書かれた、

SEXという謎の三文字を呆然とながめた。

 


まるで、ある日とつぜん河原に出現した、

ミステリーサークルを見ているようなそんな感じだったと思う。

 


で、意味は分からないけど、

とにかくエッチなことが書かれていると、

噂が学校中をまわっていく。

 


休み時間になると何人もがそこへ向かう。

 


学校中というのには、とうぜん職員室も含まれているので、

ある日そこへ向かうと先生が、必死に壁を掃除していた。

 


どうして、先生はあんなに必死に文字を消しているのだろう。

インターネットもないし、調べる手段もないぼくたちは、

呆然と消される謎の文字を見つめていた。

 


ぼくたちが、

その言葉の意味を知るのは、

まだまだ先の話である。



 

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職場のちかくに大きな防波堤がある。


そこは、もはやエッチな掲示板と言っていいほど、

こどもの字でSEXやら、おっぱいやらと書かれている。

 

黒い防波堤に、白い文字のSEXはよく映える。

 

そこの横を大人たちが何も知らない顔をして通り過ぎる。

 

たぶん、大きな声で叫びたいんだと思う。

SEX!!おっぱい!!と、校庭の真ん中でお腹から声をだして。

それが恥ずかしくてできない少年たちの発散場所が、

落書きのエッチな言葉なのだと思う。

 

その書かれた言葉たちには、何の脈絡もない。

ただただ単語がでっかく書かれている。

 

 

ここはひとつ、大人たちが、

官能小説のような艶めかしいエロい話を書きつづってみるのはいかがだろうか。

少年たちは、自分の未熟さに気づき、

ただただ壁を眺めることしかできなくなるのじゃないだろうか。

 

 

 

エレベーターに乗った。

13階建のマンションで、お客様の家を訪問するために乗り込んだ。

 

引っ越しがあるのか、それとも、工事を行う予定なのか、

なかにはプラスチックのような素材の壁が貼られていた。

 

その壁には、

これでもかとエッチな言葉が書かれていた。

家の鍵かなにかで傷をつけているのだろう。

いろんな、少年たちの字で、

オナホとか、SEXとかが大小様々ならんでいた。

 

 

やれやれ、ここにも官能小説を書く必要があるではないか。

 

そんなことを考えながら、周りを見渡した時、

思わず「わぁ」って言ってしまうものを見つけた。

 

 

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そこには、圧倒的な迫力で、

ドラゴンボールベジータが君臨していたのだ。

 

確実に、ぼくよりも上手い。

 


そのベジータにはだれも上から落書きをされず、周りには、たくさんの「うまい!」や「すごい!」というコメントがあった。

 

 

この、5人も乗ったらいっぱいになるようなエレベーターが、

とても大きなものに感じた。


まるで、インターネットのように、

誰が書いたか分からないものに対して周りの人が賛同をおくる。

 

そこには、SEXやオナホといった意味のない単語ではなく、

会話があるような気がした。

 

 

ぼくも、本当は「うまい!」と書きたかったけど、

もう立派なおとなだし、目的の階についちゃったのでやめた。

 

 

エレベーターのベジータ

 

 

どうしても、お客様のところへ行っても身が入らない。

 

気になって仕方ないのだ。

 

あの絵を書いた人は、

いったいエレベーターを何周したのだろう。

上から下へ、下から上へ。

 

きっと、乗るたびに増える「うまい!」に、

すごく嬉しそうな顔をしてるんじゃないだろうか。

 

 

帰り道、もう一度、いつもの防波堤をみた。

 

 

そこには、いつもと変わらず、

大きな文字でエッチな言葉が書かれていた。

 

 

どういう意味かって?



それは、

ちょっとぼくには分かりません。

午後9時の妖精。

 

不思議な位置関係だ。

 

 

なにかが起こりそうな気配を感じとって、

数人がおなじように立っている。待っている。

 

 

それは、ネットの情報で、

ゲリラLIVEの場所を嗅ぎ付けたファンが、

「そろそろ来るんじゃないか…」と待っている様子にすこし似ている。

 

話すこともしないが、

それぞれがなぜそこにいるかは分かっている。

 

ぼくも、待っている。

 

閉店を15分前にひかえた食品売り場は、

そわそわが止まらない。

ちらちらと周囲を見渡しつづける。

 

 

店員さんが、たった一枚の黄色のシールを貼るだけで、

その一瞬で商品の価格は半減する。

 

 

まるで、魔法だ。

『半額』と書かれたシールを貼ったとたんに、

たくさんの手が伸びて、一瞬でお寿司は売り切れる。

 

さっきまで、ぜんぜん知らないフリをしていた人が、

とおい野菜売り場から、カートをとばしてやってくる。

 

 

負けてたまるか。

いそいで手をのばす。

 

 

なんのためらいもない。

1000円のものが、500円で売られていたら、

すこしぐらい怪しんでもおかしくないけど、

今回の場合は、話はべつだ。

 

たった一枚シールを貼っただけ。

1秒で、お寿司が半額になった。

理由は、閉店が近いから。それだけ。

知っているんだ、それが1000円だった時の輝きを。

 

 

妖精のように、

店員さんは売り場をめぐり、

たくさんの商品を半額にしていく。

 

主婦の目は、血走る。

ラディッシュと紫キャベツを買っているような奥様でさえ、

おどろくような手の動きだ。

 

 

そして、さっきまでガラ空きだったレジに、

突如として長蛇の列ができあがる。

 

みんな一様にして、妖精の恩恵をうけていて、

レジ打ちのお姉さんは当然のように50%OFFのボタンを押す。

 

勝ち誇った顔をして、

おおぜいの人間が店を出ていく。

 

大きなレジ袋をもって、

割り箸を人数分もらって。

 

 

ぼくも、割り箸を2本もらって店を出る。

ひとりで食べるんだけど、

半額だからって欲張ってしまった。

2パックも買ったお寿司をひとりで食べると思われるのが恥ずかしかった。

 

 

そんなところで恥ずかしさを感じるよりも、

そわそわしながら妖精の出現を待っていたことのほうが、

よっぽど恥ずかしいことに気付く。

 

 

次は、しっかり割り箸はひとつだけもらおう。

せめて、いさぎよくあろう。

 

てなことを考えながら、蛍の光を背中に感じて帰る。

 

 

 

うん。

 

 

午後9時、お寿司売り場には妖精がいる。

 

 

どうせ切れちゃう充電なので。

 

電動自転車の電池が、あっというまに切れる。

 

支店を出て、ひとつめの信号をわたるときには、残量はメモリが1。

もうすこし先の、みじかい橋を渡るころには、電池は0。

ECOモードを押して、スタートしても何も変わりがない。

気づいたころには、自転車を押しながら坂道を登っているのです。

 

だから、最近、充電するのをやめることにしました。

 

きっと、最初の数メートルが軽いから、

充電が切れた時の反動がでっかいのだなぁ。

 

 

あっ、もしかしたら、

日々の生活も充電をするから、

その反動がしんどいんじゃなかろうか。

 

 だったら、休むことを変えよう。

 

座椅子という充電器に、じっと座って一日を過ごすことなんてやめよう。

たのしいことをしよう。

 

いま、一日この部屋にいることはとっても楽だ。

体力もまったく削れないし、食べ物を買い込めば、

もう他に何もいらない。

 

 

疲れているから、充電しなきゃ

そう思って、部屋にこもってるんだけど、

次の日はどうせすごくしんどい。

 

月曜日の朝には充電は切れる。

 

充電するのをやめよう。

しんどい一週間だったなら、

つかれる休日をすごそう。

 

ヘロヘロになって帰ってきて、

充電器に戻って来よう。

 

どうせすぐに、充電なんて切れるさ。

 

疲れること、充電が切れることを理由に、

たのしいことから逃げないように。

ただただ、たのしいことをしよう。

 

充実感のある休みは、充電切れの休みでもあるのかもしれない。

月曜日の朝に後悔しても、

数日後には、その休みの思い出があなたを元気にしてくれるかもしれません。

 

なにかの足しに、できればそれで。

 

 

血液3本分の解放感。

 

朝は、いつもより1時間もながく寝てからの出勤。

寝坊ではなく、夜の段階で目覚ましを一時間ずらす。

金曜日は、最高の朝であった。

いったいどうして、朝寝坊して出勤できたかというと、

朝いちばん、健康診断に行けと会社に指示されたからです。

 

 

一度、会社へ行ってから向かうという方法もあるですがね。

しょうがない、朝いちばんに会社が行けと言うのだから、

いつもより一時間長く寝てから家を出ることにしたわけです。

 

 

こんな朝は、しっかり朝ごはんを食べて、

新聞を読んで、ニュースにも目をやり、

珈琲なんかをたしなんでスーツに着替えたい気分。

しかし、残念。

塩分、糖分をあまり摂取して、

なにかに引っかかったら、色々ややこしいのです。

 

だから、とっても残念だけど、ぎりぎりまで寝るしかなかったのですね。

あぁざんねんだ。しあわせだ。

 

 

余裕に、余裕をもって、健康診断へ。

 

 

身長体重をはかる。

最近のやつは、身長を測るあいだに体重も測られている。

自動であたまの上にバーがおりてくるのを、検査院の女性が見守る。

そして、昨年度からの変化を教えてくれる。

だいたいの人は、身長の話はされない。

 

成長期をとうにすぎた大人にとって、

変化がおきるのはカラダの重みだけである。

タテには伸びずに、横に増えるだけなのです。

 

「ちょっと体重が増えているので、気をつけてくださいねぇ」

 

機械的なお姉さんのお話。

測定結果を見ると、たしかに3キロぐらい増えている。

だけどお姉さん、5ミリぐらい身長も伸びてるじゃないの。

 

大人にとって、3キロ増えることよりも、5ミリ伸びることのほうが、

ずっと珍しいことだと思うんだけどなぁ。

たしかに体重は増えてるよ。増えている。そうだな、痩せないとな。気を付けよう。

 

 

そこから、胸のレントゲンなんかをとったり、トイレで何かを採取したり。

あとは、聴力検査に視力検査。

 

 

ベッドに横になって、

カラダ中に、布団を干すときの洗濯ばさみを挟まれる検査もあった。

胸のあたりには、ペタペタとなにか吸盤をつけられて。

あとは、ジーッと天井を見上げる検査。

 

なんだろう。

 

すこしだけSF映画に出ているような気分なんだけど、

自分で表現してしまった「布団用洗濯ばさみ」が台無しにしている気もする。

結局、なんのこっちゃなく検査は終了。

はだけたシャツをなおして、次の場所へ行かされる。

 

 

 

そして、とうとう、

採血の部屋へとやってきたのです。

ぼくだって、もう立派な大人だ。

 

お会計はクレジットカードを使うし、

 

銭湯にひとりで何にも持たずにいけるし、

 

新聞はテレビ欄以外をちゃんと読んでいるし、

 

誰かに人生相談をされても無責任なことは言わないし、

 

髭だって毎日ちゃんとしっかり剃っている、

 

眠たい日は寝転びながらネクタイを結ぶこともできる。

 

 

だけど、やっぱり、

腕に針を刺すのは緊張してしまうじゃないの。

どんなにそんなに、痛くないって分かっていても、

どうしても緊張してしまう。というか、怖い。

 

ベンチには、他にもぼくと同じような大人がたくさん並んでいた。

 

採血を担当している看護婦さんが3人いる。

 

物静かに仕事をこなす仕事人、

まだ手際がぎこちないルーキー、

そしてパフォーマンスが豊かなベテラン。

 

 

ここは、ルーキーはお断りしたい。

分かっている、最初はみんなそうだったことは。

でも、こんなに大人がいるんだから、

ぼく以外の腕で練習してもらえたらなぁと心の中でお願いする。

 

 

「大丈夫、大丈夫やで~」

 

大きな声が聞こえてくる。

ベテランの看護婦さんの声が聞こえてくる。

 

 

「はい!力をぬいてやぁ~、そんな緊張せんと

 わたしの目を見といてくれたらおわるから~

 ほら、あと一本、血ちょうだいねぇ~ そんな痛くないでしょう?」

 

 

ベンチに、どことなく緊張感が走った気がする。

あんなに大きな声で話されるとは、

もしかしたら、とても痛いんじゃないだろうか。

子どもときに、予防接種を受けにいったときに、

看護婦さんがよく話しかけてくれたけど、

めっちゃ痛かったのをしっかり覚えているぞ。

 

しかも、なんだろう。

 

ビクビクしていることが、あれじゃ丸わかりじゃないのよ。

 

さっきも言ったけど、

お会計はクレジットカードを使うようなぼくなのに、

あんなに話しかけられたら、

周りの人たちはぼくの壮絶なビビりっぷりを想像するに決まっている。

 

そうなると、出ていくときにバツが悪いし、

おなじ会社の人なんかがいた時は、

どんな顔をして挨拶したらいいのか分からない。

 

 

散髪屋で、じぶんが希望しているおじさんが周ってくるのを祈った小学生時代と、

おなじように天明を待つぼくと、たくさんの大人たち。

 

「〇〇さ~ん」

 

 

名前を呼ばれて座ったそこには、

必殺仕事人がいた。

 

物静かに、力を抜いてくださいと言われ、

針が一瞬のうちにぼくの血管をつく。

チクッとしたけど、あとはボーっと自分のぬかれていく血液を眺める。

 

あぁ、こうやって殺してくれるなら、悪代官をやるのもわるくない。

中村主水に切られるよりも、ずっといいぞ。

 

となりからは、やっぱり、

「大丈夫、大丈夫やで~」が聞えてくる。

 

 

採血が終わった。

 

ちょっとだけカラダが軽くなった気がする。

気持ちのいい解放感だ。

たぶん抜かれた血液3本分の重さに違いない。。

 

 

注射が怖くて、

その緊張から解き放たれた、

そんな情けない解放感では絶対無いのである。

 

 

おなかが鳴る。

朝から何も食べていない。

そうだ、でも、気を付けよう。

 

なんてたって3キロ太ったんだから。

5ミリ伸びたけどね。


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今夜は、明日の前夜。

 

就職前夜、結婚前夜、退職前夜。

前夜という言葉が好きだ。

 

何かが起こるまえの夜。

どんなことを考えて、どんな音楽を聴いて、

どんな本を読んで過ごしているのか。

考えるとすごく楽しい気分になる。

 

結婚前夜の家で食べるごはんは、

はじめて夫婦で食べるごはんよりも忘れられない気がする。

 

明日からの仕事でドキドキしながら読んだ本は、

初日の帰り道に読んだ小説より忘れられない気がする。

 

 

今夜は、明日の前夜。

 

そう考えたら、べつに明日の予定が白紙でも全然いいような気もしてきた。

明日、たとえば突然プロポーズされるとしたら。

明日、たとえば誰かの目にこのブログがとまったら、

今、この時間は一生忘れられない前夜だったことになる。

 

だから、なにを食べたとか、どんなことを考えたとか、

いちいち覚えておきたい。いちいちです。

 

もしかしたら今日書いたことが、

ぼくの人生が変わる日の前夜に、

考えたことかもしれない。

 

わくわくしてきた。

なにもないのに、遠足前夜のような気分だ。

 

ちなみに、

晩ごはんは、野菜を多めにいただきました。

 

いわゆる今夜は、

健康診断前夜なのです。

はなれていく、青い色のなにか。

 

駅のホームに、彼女はいた。

たくさんの人たちが、仕事へ向かう朝の駅。

ちょっと肩がぶつかっただけで、睨まれたり、舌打ちが出たり。

春のあたたかさが、まだ、朝のどんよりとした気分をかき消してくれるけど、

これが梅雨になると、もう最悪の一日がはじまっていく。

夏になると、ほとんどの人がハンドタオルを片手に、吊り輪をつかむ。

 

 

四季折々のサラリーマンが一年を通して行き交う駅に、

彼女はひとりベンチにいた。

 

 

 

ヨーグリーナがひとり、ベンチに座っている。

まだ、ひとくち飲んだぐらいで、ほとんど中身の入った彼女。

 

たくさんの人が殺気立つ駅に、

そこに座った誰かに、忘れ去られたヨーグリーナ。

 

駅の改札をぬけて、階段を上がったところで彼女をみたとき、

そこだけ時間が止まっているような感じがした。

まぁ、ほんとうに何も動いていないから、時間が止まっているんだけど。

 

「もったいないなぁ」って思うより先に、

なぜか、そのポツンと置かれたペットボトルに色気を感じてしまった。

それは、ヨーグルトの風味が香る飲料水だったからなのかもしれない。

たとえば、ビックルだったらちょっと違う感覚になったのかも。

 

 

ちょっとおしゃれなことを言っているが、

これが普通のおっさんがブチュって唇をつけて飲んだペットボトルだったら、

もうそれは最悪な置き土産でしかない。

できれば、きれいなお姉さんの忘れ物であってほしい。

 

 

持ち主は、いったいどこで忘れたことに気付いたんだろう。

つぎ、喉がかわいた時に、カバンの中にヨーグリーナがいない。

さっき買ったばっかりで、一口しか飲んでないのに、

どこかに忘れ去ってしまったことに気付く。

 

「あ、忘れてきた」

 

きっと、それぐらいの話で、

自販機やコンビニはそこらじゅうにあるから、

もう一本、おなじ飲み物を買うか、

生茶のあたらしいやつを買うか自由だ。

 

置いてけぼりになったペットボトルが、

あんなにも寂しそうに誰にも触れられず、

駅のベンチに座っていることは考えないだろうなぁ。

 

 

 

昨年、夏の休日。

ぼくは神戸に向かう電車を待っていた。

とってもあつ~い日だったので、つめた~いポカリを駅のホームで買った。

 

 

なんとなく、ポカリを飲んだら水分が体にいきわたる気がするから不思議だ。

小さいころ、水泳終わりにいつもアクエリアスを飲んでいたが、

母はインフルエンザになるとポカリを買ってきた。

どうして、違いがあるのか色々考えたけど、

やっぱり母も、なんとなくだと思う。

 

 

電車を待ちながら、ポカリをひとくち。

スマホをひらいて、

ツイッターでくだらんことをつぶやく。

覚えてないけど、つまらないことだけは分かる。

なぜって、つまらないことしか書いていないから。

 

保冷剤しか入っていない冷凍庫には、

どんなに期待して帰ってもハーゲンダッツは入っていないもんね。

 

 

 

新快速がついた。

休日のお昼、いちばん後ろの車両に乗る。

友だちとの約束の時間より、ちょっと早く着きそうだ。

 

 

ぼくは、動き出した電車の、いちばんうしろから景色を眺めていた。

 

ん、さっきまでぼくが座っていたベンチに、

青い色のなにかが置いてある。

 

バンに手をやった瞬間に、

その青い何かが、ひとくちだけ飲んだポカリだったことに気付く。

 

気付く。気付くんだけど、電車はもう動いている。

 

さっき、5分ぐらい前に自販機で買ったところのポカリ。

ほとんど、からだに水分を行き渡らせることなく、

その役目を終えたポカリ。

 

 

ポカリを忘れたなんて理由で、電車は止められず。

ポカリを忘れたなんて理由で、友だちを待たすわけにもいかない。

もったいないなぁって気持ちもあったけど、

それよりも、なんだか切ない気持ちになった。

 

 

目の前に、ぼくの買った飲み物がある。

まぎれもなく、さっきまでぼくのところにあった物が、

じょじょに離れていく切なさ。

ポツンとのこされた青い色のなにかをボーっと見つめる。

 

やがて、駅はまったく見えなくなって、

その瞬間、ポカリはぼくの飲み物じゃなくなった。

 

 

 

 

 

駅のホームで、恋人を見送る。

新幹線にのって、恋人に見送られる。

東京に出ていく瞬間の気持ちって多分こんな感じなのだろう。

目の前にいるのに、離れていくもどかしさ。

飛び出して、その場所へ行きたいけど、

どんどん離れていく切なさ。

 

 

ロマンチックすぎるだろうって思いますかね。

嘘だと思って、一回やってみて下さいと言えないことが残念です。

 

 

 

ぼくが神戸について、

ポカリをまた買ったかと言われたら、

たぶん缶コーヒーぐらいを買ったと思うから、

とんだ偽ロマンチックなのだけど。

 

ん~。

ぼくの忘れたポカリに、

色気を感じた人はいたんだろうか。

 

いたとしたら、きっとその人は、

きれいなスポーティーなお姉さんの忘れ物だと思っているんだろうなぁ。

仕方ないよ、

人間って都合がよくてロマンチックなんだから。 

 

 

牛乳石鹸ぐらい、おおきなきんつば。

 

自転車にのって、プラプラと「赤いスイートピー」をうたっている。

坂道をのぼるときには、松田聖子さんに申し訳ないような、

赤いスイートピーになる。

 

 

あぃうぃ~る ふぉろ~ゆぅ~~ うぅ~~~

登りきるまでのうめき声は、

心の岸辺にというより、岸壁といったところである。

 

 

のぼるときは立ちこぎ。

足をついたら負けという自分ルールを勝手に制定してしまったので、

仕方なく自分と遊んでいるのです。

 

 

帰り道は、ヘロヘロと「世界中の誰よりきっと」を歌っている。

もちろん、気分はWANDSではなく中山美穂

いちばん好きなところは、

まぁ~たぁ めぐりあえ~たの~は~ である。

何回めぐりあうのか、それはぼくのさじ加減で、

一日に何度もめぐりあわせを生んでしまっています。

 

 

そんなかんじで、小雨の中、かっぱを着ながらの帰り道。

ぼくのソロコンサートをさえぎるように、おばあさんの会話が飛び込んできた。

 


 

「うわぁ、こんなんボートに乗ってこないとあかんわ」

 

「そうですねぇ~、うき輪も持ってきてくださいね」

 

 

なんの会話だろうか、声のしたほうを振り向く。

整骨院の玄関の前に、とても大きな水たまりができている。

そこを、おばあちゃんがまたごうとしている。


水たまりの大きさを、ボートが必要なぐらいであると表現したみたいだ。

たぶん、「でっかい水たまりやなぁ」だったら振り向いていないと思う。

また、洪水レベルの雨だったとしても、振り向いていないと思う。

 


ボートで来ないといけない。

 


おばちゃんのボケにたいして、

おねえさんのかえしも素早い。

 


うき輪を持ってきてください。

 

 

営業にでて最初に恥ずかしかったのが、

お客様のフリに、反射的に言葉をかえすこと。

何も考えてないように思われたくなかった。


ああ言えば、こう言うというやり取りをしていると、

どんな人に対しても同じように接していると思われるんじゃないかと、

考えてしまった。というか、いまも思っている。

 

 

どこかで、おっ、こいつはちょっと違うなって思われたい。

とくに、銀行員は転勤が多いので、

今回の担当者はちょっと面白いぞって思ってほしい。

だけど、現実はそう上手くはいかない。

何人におなじ話をしても、

全員からおなじ反応がほしい人だっている。

絶妙な空気感で、やりとりを楽しむ必要がある。

 

 

たとえば、ぼくの場合は、

「ボートに乗ってこないといけない」

ってお客さんに言われたらどう答えていただろうか。

 


うき輪なんて言葉を出せていただろうか。

 


明日も雨がふるのかどうか とか、

小学校の時に長靴をはいて飛び込んでいた という話をするだろうなぁ。


でも、お客さんはそんな話をもとめていない時もある。

 

「次は、うき輪をもってきてくださいね」

 

いろいろ考えたら、こうかえすのが一番なのかもしれない。

でも、それじゃあなんだか、味気が無いような気もするんです。

 

どうでしょう。

ノリツッコミにすらなっていないので、

お客さんのボケをほうったらかしにしている気がしませんか。

かと言って、「って何を言ってますねん!」ってツッコむのも違う。

 

 

 

ちょうどいい答えは何か。

お客さんのボケをほうったらかしにせず、

お話をしっかりとできる答え。

 

 

帰りの電車でずーっと考えていたんです。

 

 

最後にぼくが辿りついたかえしを。

 

 

 

「ふふふ。そういえば、北海道の摩周湖って、

 湖じゃなくてでっかい水たまりなんですって」

 

 

うん。これぐらいが、ちょうどいい。

どうでもいいことだけど、

お客さんのお話をしっかり聞いてそのうえで、

ちょっとだけ面白い話を引きずり出してみる。

めっちゃ難しいのだけど。

 

 

たくさんのことを考えて、営業をしているけど、

やっぱりいちばん力をいれるべきところは、

お客さんとのやりとりを、いかに楽しくしてみるかなんだと思う。

 

 

本当に楽しんでもらえているかは分からないけど、

今日は牛乳石鹸ぐらい大きなきんつばを2つももらったから、

今のところは、できていると思っておこう。

 

 

 

花粉症のお客さんから、

「鼻とって歩きたいわぁ~」

って言われたらどうしたらいんだろうか。

 

どうしようか。

 

 

とりあえず、ふふふと笑って、

出されたきんつばを口にほおばるしかない。

にんげんの息子と、しっぽふる息子。

 

家族は、たった20年ちょっとで別々に暮らす。

 

はやい人だと、大学に入学したと同時に、

地元を離れて、就職をして結婚をして、

実家はあるけど両親と一緒に暮らすことは無くなる。

80年ほどの人生で、家族といる時間は、ほんの一瞬だ。

 

 

保険商品を売るとき、かならず家族構成を聞く。

 

お子様は何人か。同居しているのか。

いまでもたまに、帰ってきてくれるのか。

いろんなお話を聞いて、

どんな運用をするのか、

誰に遺したいのかをヒアリングする。

 

医療保険も扱う。

今後の人生で起こりうる病気の話をするのは、

なんとなぁく気が重い。

自分もそうなんだよな、なんて思いながら話をしていたりする。

 

とにかく、保険の話をするときは、

家族のこと、これからの人生のことをしっかり聞く。

 

 

「ご家族は?」と聞くと、

ひざの上でのんびりしている愛犬をなでる人がいます。

「お子様は?」と聞くと、

窓際でジーッとぼくをみる愛猫を呼ぶ人がいます。

 

その人たちにとっての家族は、

毎日をいっしょにすごしてくれる犬であり猫である。

 

 

ペット保険という商品がある。

動物病院の治療費負担をやわらげてくれる商品だ。

はじめて聞いたとき、そんな商品売れるのかなぁって疑問を抱いていた。

たぶん、ぼくはペットにかける愛情と、子どもにかける愛情を、

おなじものとして捉えていなかったからだ。

 

 

営業にまわっていると、

本当にたくさんの家族を紹介してもらえる。

人懐っこい息子さんや、ほっぺたをなめてくる娘さん、

机のしたでぼくの足のあいだをグルグルまわるお姉ちゃんや、

ジーッと怪しんだ目で見つめてくるお兄ちゃん。

 

どの子も、しっかりとお母さん、お父さんの愛情をうけて育っている。

 

 

うちのばあちゃんちにも、犬がいる。

いや、レンという息子がいる。

 

 

うちの父は、ばあちゃんの息子だけど、

この際、ややこしいのでうちの父はうちの父で、

ばあちゃんちの犬が息子で…あぁ、こんがらがってきた。

 

 

 

レンは、父親の兄弟であるおじさんの飼っている犬で、

週に3度、ばあちゃんちに遊びに来る。

 

朝5時半、仕事へ向かうおじさんが、

レンを連れて家へやってくる。

ぼくもたまに、ばあちゃんちから出勤するので、

その時間はもう起きているのだけれど。

それにしても、ばあちゃんも、じいさんも早起きだ。

仕事もしていないから、ゆっくり寝たらいいのに、

早々に目をさましてレンを待つ。

おやつを用意して、散歩の準備をしている。

 

ぼくの朝ごはんよりさきに、レンの朝ごはんだ。

 

うかうかしていると、特等席のソファまで取られかねない。

ぼくと、レンとどっちがかわいいのよ?って聞いたら、

たぶん答えが出ずに出勤の時間をむかえるにちがいない。

 

 

24歳になって、お風呂で大声でドリカムを歌う孫と、

しっぽをふって膝にのっかってくるトイプードル、

いい勝負しているはずだ。

 

 

 

明日、もしレンが病気になったら、

ふたりはどんな顔をするだろうか。

 

入院がつづいて、

もう家に来なくなったらどうするんだろうか。

 

犬の寿命は、人間よりも短い。

それは、どうしようもない事実だ。

ぼくが家族と一緒にいる時間は22年あったけど、

レンとぼくたちが一緒にいる時間はどれだけあるのだろう。

 

 

ペット保険を売るとき、

治療費がばかにならないから入っておきましょう

って言い方はしたくない。

 

 

 

 

 

大切な息子さん、娘さんが、

お客様にくれるたくさんの元気にたいして

なにがしてあげられるか、

その一つとしてペット保険があります。

 

 

 

 

先日、母親に心配された。

 

「あんた、ちゃんと保険とか入ってるんか?」

 

「ちゃんと、はろてるわ〜」

 

どうやら、

当然のことだけど、にんげんの息子は、

独り立ちするとしっかり自分で保険料を納めないといけないらしい。

 


 

 

 

はぁ~

ぼくも日なたでボーっとして、

とつぜんやってきた銀行員にしっぽふって遊んでもらいたいなぁ。

 


ま、それはそれで、

たいへんなんだろうけど。