得も損もない言葉たち。

日常を休まず進め。

あなたのクスッとをください。

調達屋になればいいんや。

 

脱獄映画で、主人公に力を貸してくれる調達屋という人物が出てきます。冤罪や、捕虜として捉われた収容所から、色んな手を使って脱走を試みる。トンネルを掘るのも、鉄格子を切るのも道具がいります。嗜好品と言われる、チョコレート。美しい女性のポスター。当然、ぜんぶ手に入りません。そこで出てくるのが調達屋です。時には、看守を買収したり、お目当ての道具の代替品になるものを見つけてきたりします。

 

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大好きな映画『大脱走』には、たくさんの登場人物が出てくる。その中でも、ジェームズ・ガーナー演じるヘンドリーが好きだ。彼の役割は、調達屋。スコップがほしければ、使えるような道具を。たばこに、チョコレート、紅茶までどこからか仕入れてくる。鼻歌まじりに、彼の物入れからたくさんの贅沢品が出てくるシーンは、見ていて楽しい。

 

今日、ぼくは調達屋としての役目を終えました。いや、なにも、ヘンドリーのように収容所に入れられていたわけじゃないですよ。でも、この1年間、ぼくは確実に調達屋だったのです。

 

昨年の今頃、お世話になっていたお客様と連絡がとれなくなり、ほとんど毎日家を訪問していました。独り身だった彼は、パーキンソン病を患っていました。大好きなマイケル・J・フォックスがなっている病気です。体がつねに痙攣しているように動き、腰が曲がっている。ヘルパーさんが毎日来ている生活で、ぼくもよく言ってお話をしてました。もちろん、営業なので、持ちつ持たれつなのですが。

 

 

彼が施設に入ったと聞き、そこからぼくは調達屋になりました。

 

 

「なにかほしい物はありますか?」と聞いて、ちょっとしたものを、こっそりと仕入れてくる。チョコレートや、アイスクリーム。ときには、本なども。手土産のように、欲しい物を調達することがぼくの役目です。

 

いつも投資信託を買っていただいたり、資産を移してもったりしていた人でした。こっちはたくさん助けてもらっているのに、ぼくは体を治すことも、ご飯を作ってあげることもできない。だったらできることって、調達ぐらいしかないんですね。

 

 

「ラジオをいじりたいから、工具がほしいなぁ」

 

「いやいや、それは完全に大脱走じゃないですか」

 

 

という会話をした日は、なんだかとても嬉しくて、帰りの自転車のスピードがあがりました。お客様も、理解をしてくれて、共有して笑えたことがすごい嬉しかった。営業としてではなく、調達屋として会えるということが、気をすこしだけ楽にしてくれた。会いに行っている理由が、「お金目当て」だけになるのが嫌で嫌で仕方なかった。

 

調達していくことは、相手をちょっと驚かせることができる。好きな本の話をしていたので、古本屋に立ち寄る。物を持っていくだけじゃなくて、話題を調達する日もある。

 

そうか、ぼくは調達を極めよう。べつに物品だけじゃない、情報を調達したり、笑いのタネを集めよう。そう思えたきっかけが、施設に通った日々でした。

 

 

 

今日、お客様は、別の施設へ移りました。

 

遠方に住んでいる親族の近くにある、自然に囲まれた自由な施設へ引っ越しをすることになったんです。しょっちゅう顔を見ることもなくなる。調達することもなくなる。お取引はつづくけど、今まで通りにはいかない。

そのことがすごく寂しくて、ご挨拶に行って、お話をしていました。好きだと言っていた、作家さんの本についての話です。あと、今の相場下落についても、もちろん。(苦笑いしてましたが)

 

 

そして、また会いましょうと言って、ぼくの調達屋の仕事は終わりました。

 

 

 

もしかしたら、自己満足だったのかもしれない。営業するのを拒否したくて、いい話を作りたかったのかもしれない。そんなモヤモヤを、吹き飛ばしてくれたのは、お客様でした。

 

 

ある日、支店に帰ると、机の上にめちゃくちゃ高そうなカステラが何箱も置かれています。箱には、のしがついていて、お礼のメッセージが書いてある。名前は、そのお客様でした。

基本的に、金品の授受は禁止されているのですが、上司は受け取った。それは、ひとりでは外に出られない彼が、遠方に住んでいる姪を呼び寄せて、ぼくのためにカステラを買いに出たという経緯を聞いたからだったそうです。

 

 

ずっしりと重く、ザラメがたっぷりとついている。スタンダードな黄色いやつと、ココア味の茶色いやつ。あれほど、おいしいカステラは初めてでした。もっと嬉しかったのは、わざわざ親族を呼び出してまで、ぼくのために駆けつけてくれた気持ちでした。

 

 

「あっ、こっちが調達されてるやん」

 

そんなことを思いながら、家で晩飯がわりにほおばったカステラの味は忘れられません。

 

 

いま、書きながら気持ちがかわってきました。そっか、調達屋は終わらないんだ。

 

 

喜んでほしい人のために、形あるもの、ないもの、関係なくいろんなことを企もう。ヘンドリーのように、素知らぬ顔して、相手を驚かせよう。職業を夢にするのは、ちょっとだけ辞めようと思っていた最近だったけど、役割は決まった。

 

調達屋になればいいんや。