得も損もない言葉たち。

日常をひとます、休まず。

あなたのクスッとをください。

ぼくはいつまでも、妹には適わない。

 

妹は、ぼくよりもずっと泳ぐのが上手だった。県大会に行けるか行けないかで、結局行けずに夏を終えるぼくとは違って、全国大会に出場していた。

 

ぼくよりもずっと根性があった。練習が嫌でとなりのマクドで寝ている兄をよそに、必死に練習をしていた。

 

ぼくよりもずっと人と話すのがうまかった。やる気もないし、人付き合いも苦手なぼくとは違って、コーチとも友達とも楽しそうに会話をしていた。

 

 

7月のはじめに、妹から突然電話がかかってきた。いつもと変わらない、ふてくされたような話し方で、ぼくに聞きたいことがあると。大学四年生の彼女が、この時期に電話をかけてくるなんて理由は1つしかない。就活にきまっている。

 

 

 

聞きたくなかった。

 

妹が就活に悩んでいることは、母親から聞いていた。何かアドバイスをしてあげてほしいと言われて、直接話すのが嫌で、LINEでやりとりを少しだけした。9月になっても、内定が0だったぼくが、何を妹にアドバイスできるのか分からなかった。まして、泳ぎも、人付き合いも上手で、根性もあって、大学生活も水泳をがんばった妹が、就職活動で失敗する理由が、どうしても見当たらなかった。だから、ぼくよりもずっとがんばって、ずっとしっかりしている妹が、就職活動に負けている話は聞きたくなかった。

 

 

「どうやって就活をしたらええのか分からへんねん」

 

 

はやく就職を決めろと言ってくる父母と毎日けんかをしていること。友達がみんな就活を終えていて、自分だけ決まっておらず焦っていること。面接で、どんな話をしたらいいのか、失敗が続いて分からなくなっていること。

 

駅のホームかと思われる音が後ろで聞こえる中、妹は泣き出した。たぶん、どこかの駅のベンチで泣きながら電話をしてきたんだろう。泣いている妹と、話をしたのは小学生の頃にケンカした以来じゃないかと思う。電話になると、きっとはじめてだった。

 

 

申し訳なかった。

 

 

ぼくの妹には、兄がぼくしかいない。10月になっても就活を続けて、入った会社がつらいと毎日嘆いているぼくしかいない。具体的なアドバイスなんて、ひとつも出てこない。就活のことは、もう消し去りたい過去で、思い出すだけでしんどくなってしまう。面白いことを言ったら内定をもらえるとばっかり思ってて、でも、自分は何もない普通の人だと気づいたぼくの就職活動を、妹にさらけ出したくなかった。

 

最終選考の結果を待っているあいだ、家でずっと仏壇の前で祈って、ならない電話をずっと待ったこと。それだけならまだしも、罰当たりに「なんでやねん」と言いながら、チーンを鳴らすやつを叩きまくったこと。友達に会いたくなくて、家か面接かだけの毎日を何か月も続けて、それだけで4年生のほとんどを消費してしまったこと。いつも誰かのせいにして、独り言で自分をなぐさめていたこと。ぜんぶ、言いたくなかった。でも、言わないと、ぼくが就活について何かを言ってあげることが、何にも無かった。

 

 

言いたかった。

 

 

何かをしてあげたかった。というか、負けるなよと言いたかった。ぼくよりも、ずっと一生懸命に頑張って生きてきたくせに、そんな就活なんてくだらないことに負けるなよと言いたかった。ぼくが練習にも行かず家で寝てるあいだも、あんなにしんどい練習を頑張ってたくせに。友達もいっぱいいるくせに。ケガして、競技者としてはしんどくなってしまったけど、それでも水泳が好きで、こどもを教える時給の低いアルバイトを選んだくせに。毎日楽しそうに大学生やってたくせに。負けるんじゃないよと言いたかった。

 

 

 

「ごめん、どういうことを言えば内定をもらえるかは、分からへん」

 

 

電池の減ってきたスマホを充電器にさして、言いました。そして、どうして妹が就活に負けているのか分からないと伝えた。一生懸命やってきたことがこんなにあるのに、胸張ってひたすら言えばいいんだよと伝えた。

 

「ぼくよりもずっと、一生懸命やってきたやん」と付け足した。まぎれもない事実を伝えた。

 

妹は「うん、うん」と聞いていた。「そんなことないよ」とは言わなかった。言わへんのかいとちょっと思ったことは内緒だ。でも、ぼくが兄として伝えることができるのは、すごいなぁといつも思っていた、妹のこれまでの人生についてぐらいだった。

 

 

「がんばるよ、ありがとう」

 

妹の求めているアドバイスはたぶんできなかったけど、無言の時間がちょっと続いて、電話は終わる。そして、それから連絡はまたパタリと止まりました。その間のぼくはというと、特に気にすることもなく、自分の毎日の生活がしんどがることに精一杯でした。

 

 

 

おめでとうを言いたかった。

 

 

先週の金曜日、平日の昼。妹から電話がかかってきた。そのときぼくは、お客様の家にいて、スマホがブーブー鳴っているのを放置して仕事をしていた。着信を告げる振動がとまって、LINEを通知する振動が2回。

 

 

「内定をもらった!」

 

お客さんの家をでて、スマホを開くと、メッセージとスタンプが届いていた。しばらくして、母親からも連絡がきた。

 

 

「おめでとう!」

 

それだけぼくは返信した。本当は電話して、おめでとうを言いたかったけど、なんだか必死でかっこわるいなと思ったし、うれし泣きされても、それはそれでしんどいなと思ったからだ。ぼくにそんな、重く話をしなくていいよと思っていたし。でも、うれしかった。ぼくよりも一生懸命な妹が、負けなかったことが、ただただうれしかった。

 

 

 

 

 

「さっき連絡があって、ぼくの妹が内定が出たらしいんですよ!」

つぎのお客さんの家で、ぼくは思わず話をした。

 

 

「あらそうなの、ほんならまぁ、お祝いぐらいしてあげないとなぁ」

こんなに話が早く進むのかというぐらい、かんたんに成約につながった。

 

 

その日は何も成果が無くて、もどったら上司に怒られるかぁとか思っていたから、すごく救われた。妹に助けてもらった。

 

 

 

もっと内定をとってほしい。

もっと高望みをしてほしい。

どんどん内定をとって、

どんどん良いことを報告してほしい。

 

そして、その良いことをお客さんに報告して、

ぼくも楽して成約を稼いでいきたい。

 

妹よ、兄のためにもっと頑張ってくれ。

 

 

 

そんな、ダメダメなことを考えながら、ヘラヘラしながら支店に戻った金曜日だった。

ぼくはいつまでも、妹には適わない。