父の日は、パパの日。【ショートショート】
子どもから贈られるプレゼントは、一生物だ。
それが食べる物なら、包装紙だけでも置いておきたい。
手紙なんかが入っていたら、ファイルにしまって何度も読みたい。
たとえば、娘が大きくなって、反抗期になって、
いっしょにいたくないって言われても、
そんなときは、もらった手紙を読みかえす。
そうすれば、あの頃の娘がそこにいて、
反抗期だっていつか終わるときがくるし、
気づけばドラマのように結婚式で泣きじゃくるのだろうなぁ。
娘が幼稚園に通いだして、最初の父の日前夜。
はじめて父の日というものを教えてもらって、
なにかをパパにプレゼントしようと先生は娘に言うだろう。
言ってくれるにちがいない。
だって、ほら母の日には、
しっかりきれいなお花を作って帰ってきたではないか。
誕生日よりも、わくわくしてしまうのは、
「パパおめでとう」よりも、「パパありがとう」と言われたいからだ。
感謝されたいわけじゃないけど、
「ありがとう」と娘に言ってもらえる期間は限られているはずだ。
もしかしたら、うちの娘の反抗期だけ来年くるかもしれない。
男は、すごくその一日をソワソワしていた。
仕事を終えて、家にとんでかえる。
娘が寝てからじゃダメだ。
父の日は、今日しかないのだ。
何度も言いたくなるのは、
もしかしたら、うちの娘の反抗期だけ来年にくるかもしれないという不安である。
「パパおかえり~」
いつものように、娘が言ってくれる。
いつものように、ぼくは娘に言う。
「まな~ただいま~」
いつもなら、妻にもおなじように言葉をかけるのだが、
今日はすこし焦っているのだ。
ネクタイを外して、カッターシャツを脱いで、部屋着になって、
おとなしくすんなりと定位置に座る。
普段なら、もうちょっとダラダラと動くのだが、
今日は2倍速である。
そして聞えてくるあの言葉。
「パパいつもありがとう」
娘の手には、一枚の紙があった。
あぁ、オヤジよ。田舎のオヤジよ。
ぼくは、こんなにしあわせな瞬間がくるなんて思ってもいなかったよ。
普段の仕事でのストレスなんて、もう忘却のどこかへ、そう、彼方へ消えたよ。
妻も、ほほえましく娘とぼくのやりとりを見つめている。
あぁ、妻よ。愛する妻よ。
今日だけは、普段以上にぼくのしあわせに同感してくれたまえ。
ぼくのフィギュア収集の趣味には無関心の君も、
父親としてのしあわせには全面的に同感してくれたまえ。
「なんだい?」
細く細くなった目で、ぼくはニヤけながら娘に聞いた。
「今日は、父の日だから。はい!パパにプレゼント!」
「なになに?え~っと…」
娘に渡された紙には、こう書かれていた。
くらぶ まな
でんわばんごう 06-××××ー〇〇〇〇
ぱぱだいすきだよ♡また来てね♡
「パパがおへやでだいじにしてるやつ、まなもあげるね。パパいつもありがとう」
それは、まぎれもなく、
幼稚園児がかいたキャバクラの名刺だったのである。
「…まなちゃん、そろそろオヤスミしよっか」
妻が、空間を切る。
「もうちょっと、夜更かしもいいじゃないか」
ぼくの言葉は、弱く弱くこぼれた。
その日の会議は、
ながくながくリビングで続いた。