タイムトラベルを雑に使うなら。
なめていた。完全に、なめきっていた。
東京から新大阪へ向かう新幹線のなかで、ぼくは立ち尽くしていた。立つしかなかった。
三連休の予定がまっしろだったことには、金曜日の朝に気づいた。かといって、今から何か無理やり遊びに行く予定を詰める気もおきなかった。
疲れている。朝起きたら、体が動かない。髪の毛をセットする気力もあまり起きない。
そんなこんなで、「実家へ帰ろう!」と決めて家を出た。
職場からそのまま、出張帰りのサラリーマンように、駅弁を買って、のんびり眠りながら家へ帰ろう。ポケットWiFiを持ち込んで、好きな番組でもみながら、連休前の夜を楽しもう。そんな心持ちで、仕事に挑む。
あの時に、なぜ、インターネットで指定席を取っていなかったのだろうか。もしも、タイムトラベルを雑に使うなら、朝のぼくに夜のぼくが会いに行き「指定席を取っておけ!」と必死に語りかけただろう。
連休前の新幹線は、ぎゅうぎゅうのぎっちぎちだったのだ。指定席、自由席ともに満席。溢れかえった乗客が、車両のあいだに立ち尽くす。
ぼくも完全にその一人になった。
満員電車ならぬ、満員新幹線にカバンを抱きかかえて乗る。そこには、朝に描いていた優雅な夜は、一ミリもなかった。
周りを見渡すと、みんなスマホを触っている。座れず、体も拘束されたなかで、できることはそれぐらいだった。
「そう甘くはないぞ」
心のなかで、周りの同志たちに語りかける。2時間半も同じ体勢で、スマホをいじることは、かなり無理のある行為だとぼくは思った。
飽きたらどうする。スマホを触ることは、いわば最終手段だ。なんでもできるからこそ、なにもできない可能性もある。この動けない状態で、スマホで遊ぶことさえ飽きてしまったら、もう何もできることがないじゃないか。
まして、充電が切れたらどうする。君にはもう、無言で立ち尽くすしか残っていないのだ。そこからやってくる時間は長く、そして険しい。
胸の奥で、専門家口調のじぶんが、机に膝をつきながら話している。
「じゃあ、何をすりゃええねん!」
観客の中から、そんな声があがる。
ひとりで盛り上がりながら、かばんをごそごそして、ぼくは文庫本を取り出した。
満員のこの状態でも、読めるサイズの小さい本。偶然だけど、ぼくは今日の朝、そんな本をチョイスしていた。
「きみたちが、スマホに飽き出すころに、ぼくはこの本を読み終わるだろう」
得意げに、小説を読み始めた。
もしも、タイムトラベルを雑に使うなら、ここにも飛んでいきたい。君が適当に選んだその小説は、一度読んだことのある推理物だということを。
そして、そのあと、満を持して取り出したスマホは、充電をし忘れていて五分で電源が切れるということを。
もひとつ、そこから周りがスマホをいじってる中、君はなす術もなく、ただただ2時間立ち尽くすということを。
昨日のぼくを救いたい。あぁ、まだ疲れてる。