得も損もない言葉たち。

日常をひとます、休まず。

あなたのクスッとをください。

坂田三吉をやめよう。

 

「普段、関西弁はどのような感じで話をしてるんですか?」

 

面接の場で質問をされた。どうやら、敬語の中に、関西弁がちょっとだけ見え隠れしているらしい。どういう時に、「〜やなぁ」が出現しているのか自分なりに考えてみた。

 

たぶん、じぶんの感じたことを振り返る瞬間に、ぼくは関西弁が出る。

 

「となりのおじさんの発言が、〇〇だったので、あぁええなぁと思いました」

みたいな感じで、じぶんをさらけ出して、分かってもらいたいとき、ほんの少し関西が顔を出す。

 

 

だけど、ぼくの関西弁は、そこまで関西弁ではないらしい。じぶんのことを「わて」なんて言わないし、相手のことを「われ」なんて言えない。「なんでやねん」は言うけど、「でんがな」も「まんがな」も使わない。

 

大阪の知人にも言われたが、ぼくの関西弁はコテコテの関西人とはすこし違うらしい。兵庫県で生きてきたからなのだろうか。最近、そのことを指摘されて、なぜかすごく嬉しかった。

 

 

そうか、ぼくは関西人じゃなくて、ええんや。

 

 

 

スポーツ漫画を読むのが大好きだ。地区予選を闘う主人公たちは、ライバルを倒し全国大会へ進む。すると、各地域の代表がぞくぞくと登場する。

 

各県の人柄のイメージを、そのまま体現したかのようなキャラクター達が現れる。

 

ドカベンに、坂田三吉という選手が出てくる。

 

大阪の通天閣高校のピッチャーである彼は、とにかく関西弁をこれでもかと使う。甲子園の優勝旗をマニアに売ろうと、商売人の根性をみせたりする。

 

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金にがめつい関西人。情にもあつい関西人。そんなイメージを体現したかのような存在だ。

 

 

 

昨年は、頻繁に東京へ行った。周りの人たちは、当然、ほとんどが関東の人だ。

 

言葉のイントネーションがちがうだろう。マクドナルドをマックと言うだろう。きっとジャイアンツのファンだろう。たくさんの憶測をもとに、なんとか自己形成を図ろうとしていた。

 

そういう場所の中で、何かひとつ爪あとをのこして帰ろうと、そう思って夜行バスに乗る。そんなもんだから、会話の中に、すこしだけ意図的に関西を匂わすことを混ぜたりした。

 

どことなく、自分は坂田三吉であることを意識していた。

 

じぶんだけが違う環境、全国大会に出てきた気分になっていた。そうなると、肩に力が入りまくる。じぶんで決めた制約に、なんとなくしんどさを感じたりした。

 

 

 

知人に、「コテコテの関西弁じゃない」と言われた時、うれしかった理由は分かっている。いっぱしの関西人という属性の外で、じぶんは形成されてるということに、気づかせてくれたからだろう。

 

職業や生まれた場所や、そんなところにすがりたくなるけれど、でもなんとなく違う。

 

 

ぼくの関西弁と、となりの人の関西弁は違う。おなじ人なんていないし、属性なんてない。

 

 

坂田三吉は大好きだ。人情にあつく、そして、通天閣打法なんていう奇想天外な技を披露する。ひょろっとした容姿で、すばらしいストレートを投げるし、大谷翔平よりずっと前から二刀流だ。だけど、じぶんじゃない。おなじ関西人だが、ちがう。ぼくじゃない。

 

 

そろそろ、東京へ行くらしい。

 

どうやら、坂田三吉をやめていいようだ。自然に出てくる関西弁や、ふとした瞬間に活きる銀行での経験を胸に、何ものでもない人として行こうと思う。