酒とたばこと女のための資産運用
ともだちと会うと、よく仕事の話になる。
「最近、どんなことしてるん?」
近況報告をしていると、みんなの口からは、どんな国へ出張へ行ったとか、製品開発に携わったとか、いろんな話が出てくる。ぼくができる話といったら、なんとも言えない日常の話ばかりだ。お金の話や、人生、命の話になるから、周りが反応に困っているのがビンビンと伝わってくる。
だから、友達と仕事の話はあまりしない。
同期の子と話をしていても、周りはぼくに気を遣う。おなじ銀行で、おなじ営業をしているのに、周りはぼくの話に困っている。
だから、同期と仕事の話はあまりしない。
仕方ないことだと思っている。
ぼくは銀行員として営業をしている限り、お客さんの人生と向き合うことを決めたから、だからどうしても、生々しい話になってしまう。お金の話も、人生の話も、ぜんぶ全力で受け止めようと決めたからこそ、重い気持ちになることも多い。
「もう半分あかんねん・・・・」
電話ごしの声は、とてもよわよわしかった。
昨年の夏ごろ、肺がんが見つかったと笑ってぼくに言いに来たおじさんだ。
いつ会っても、
「あのなぁ、なかむらさん、男は酒とたばこと女やで!」
と口癖のようにぼくに言い、街で出会うと、どんなに遠いところからも手を振ってくれる人だ。
そんな豪快なおじさんの声がほとんど出ていない。
実は、このおじさんは、ぼくが初めて自分で投資信託を成約させてもらったお客様だ。たまたま口座があったので電話をしてみたら話を聞いてくれて、お店にやってきてくれて、ぼくのお客様になってくれた。
別の銀行のお姉ちゃんにも勧誘を受けてることを、自慢げに言いながらも、さいごにはぼくを選んでくれたおじさん。その理由は、分かりません。もしかしたら、家が近いってだけだったかもしれない。お姉ちゃんがタイプじゃなかったからかもしれない。
「〇〇銀行のなかむらさ~ん!」
ある日、いつもの海辺でサボっていたら、イヤホンの音楽を飛び越えて誰かがぼくの名前を呼んでいました。顔を上げると、船着き場に作業着のおじさんがいて、笑いながら歩いてきました。
サボっている現場を目撃されて、なんとも気まずいぼくに、「サボらないと仕事なんてやってけないで」と言いながら、おじさんは作業をしている船の説明をしてくれました。
酒・たばこ・女
たぶん、プロフィールだけじゃ、絶対に仲良くなれないと思うおじさんと、ぼくは雑談を楽しんでいました。資産の量だけでいうと、銀行にとっては決して大きいお客様ではないけど、ぼくにとっては大切なお客様。
だから、いてもたってもいられず、電車に飛び乗ったんです。
月末のこの時期に営業をほったらかすことは、結構マズいので、自転車を隠して病院へ行きました。
「なんだぁ、来なくていいのに」
大きな酸素吸引機を鼻につけたおじさんは、バツが悪そうな顔をしていて、話をするのも苦しいようで、小さな声で笑っていました。
ぼくは、おなじ装置から酸素をもらっていた祖父の姿を思い出し、言葉につまってしまって、だから、とりあえずお見舞いに買った『いちご大福』を渡しました。
病院のお見舞いに、いちご大福を買ってきてしまうナンセンスなぼくに、おじさんは、
「酒をとめられてるからなぁ、甘い物ほしいねん」
と笑いながら、孫と食べると受け取ってくれました。
それから、ちょっと談笑をしていたのですが、やはり話題は相続のことに。自分が死んだらどうなるのか、今のうちに投資信託は解約すべきか。
しばらくの間、銀行員に戻って会話をしました。一般的な事務について、その後の対応について。でも、言いたいことはそんなことじゃない。
「・・・・まぁ、元気になって、また店に遊びに行くわ!」
ぼくの表情を察してか、電話口では、あんなによわよわしかったのに、小さい声だけど強い言葉をぼくに言ってくれました。
「はい、ロビーで会いましょう」
そんな会話をして、ぼくはまた、月末の営業に戻りました。
大好きな曲である、浜田雅功と槇原敬之の『チキンライス』には、こんな節がある。
『最後は笑いにかえるから』
「貧乏時代の話をたくさんするけど、さいごは笑いに変えるからさ」と、そんなメッセージがこめられたフレーズだ。
確かに、ぼくの仕事の話は重い。誰かと話をしていても、大爆笑にもならないし、興味深い話にもならない。だけど、人と人が向き合ったときにしか生まれない言葉や想いに、この数年でたくさん触れてきたと自分では思っている。
『最後は笑いに変えるから』
このフレーズをぼくも大切にしたい。すぐに、オチがつくとかそういう話ではない。最後はちゃんと笑っていられるように、学ばせてもらったことは大切にしようという姿勢の話だ。
奇跡のようなものが起きるとしたら、いまだ。
おじさんがまた、酒・たばこ・女を追えるように、ぼくも資産運用で力になりたい。