ひとり暮らしで、減ったもの。
ひとりで暮らすようになって、
減ったことがいくつかある。
会話が減った気がする。
減ったというか、無になったというか。
でもテレビに向かって、
ひとりでぶつぶつ言ったり、
パソコンを眺めながら、
頭をかきながら考えごとをしたり、
気持ち悪がられることもないから、
バンバン独り言が出てる。
会話は減ったけど、
家で声を発する量は増えた。
お醤油の塩分が減った気がする。
料理もとうぜん自分でするわけで、お醤油も自分で選ぶ。
健康診断がちょっとだけ怖くなってくるし、
だいすきなお刺身を食べるときに、
減塩のだし醤油をえらんでしまったりする。
意識して、塩分を減らさないと、
食生活が偏ってくるから怖いのだ。
だけど、
親がいたら絶対に買わないような、
いろんな調味料を揃えてみたりもしている。
ちょっと変な味のドレッシングや、
一風変わったお味噌とか。
お醤油は減塩になったけど、
冷蔵庫の調味料は増えた。
トイレにこもることが減った気がする。
実家にいるときは、常に誰かが自分を気にかけているような感じがして、
部屋でボーっと漫画を読むことも何となくソワソワしていた。
音楽を聴いていても、急に誰かが部屋を開けて、
「何してるん?」と言われて、「別に」と返すことが多かった。
そんな家で、いちばん落ち着ける場所がトイレだった。
家族の誰かに、便意がやってくるまで、
秘密基地のように本を持ち込んで座っていた。
今ではそんなことを気にせず、家に帰ったら腹を出して、
独り言をたくさんしながら漫画を読んでいる。
トイレにこもることは減ったけど、
部屋に散乱している本は増えた。
魚の骨がのどに刺さることが、減った気がする。
家ではよく焼きサバが出た。
小骨がのどに刺さって、白ご飯をかきこむ。
ぜんぜん取れなくて、何度も飲みこむ。
結局、寝ている間に骨はどこかへ消えて、
数日後、またおなじことを繰り返すしていた。
ひとり暮らしをはじめて、
焼きサバを食べることが減った。
コンビニのレンジであたためるお惣菜のサバは、
骨が最初から抜かれているので、
まったく気にすることが無い。
つまり、白ご飯をまる飲みすることも完全に無くなった。
「あ、骨が刺さった」
「ほら、ごはんを飲んで取りなさい」
こんなやりとりは、もう無い。
もし、ひとり暮らしのぼくが、
万が一、焼きサバを食べて骨がのどに刺さったら、
無言で白ご飯を飲みこむだろう。
「取れた?取れた?」
「ぜんぜん取れへんわ」
という会話はまったくなく、
ただただ無言で、
白ご飯をどんどん飲み込むのだろう。
なんとなくそれって寂しい気がする。
「おかわりいる?」
「あぁ、ありがとう」
という会話がなくなったことより、
「骨取れた?」という会話がなくなったりするのは、
もっと寂しくなる気がするな。
多分きっと、そこにはちょっとした笑いがあるからで、
「落ち着いて食べなさい!」という呆れみたいなのが、
家族の食卓にはあるからなんでしょうね。
昨日の晩ごはんは、スーパーで買ったお刺身でした。
すこしだけ贅沢をして買った、
減塩のだし醤油でわさびを溶いて食べる。
母親ならぜったいに買わないだろう
高いお醤油。
「う~ん、うまい」
独り言をもらして、
ごはんを食べながら堂々と漫画を読み、
白ご飯を一口ずつよく噛んで食べる。
お腹が痛くなった時だけトイレに行って、
「おやすみ」と天井に言って眠る。
眠りにつきそうな直前に、
目覚ましをセットし忘れたことに気付いて、
飛び起きる。
そうだ、ぼくはひとり暮らしをしているんだ。
もう、誰も起こしてくれないんだ。
朝目覚めて、大きな独り言。
「しんどい」をもらして、
今日もひとり暮らしをはじめている。