『帰りたくて、家』
電車がしんどい。
人がたくさん乗っていれば、乗っているだけしんどいね。
まわりの人たちも、おんなじことを思っているだろうね。
ぼくも、満員電車のひとり。
だれかが掴みたいつり革を、必死に手放さないで揺れている。
電車がおくれると、
たくさんの人たちイライラしてくる。
なんとなぁく、ホームが居心地の悪い感じになって、
イヤホンをして音楽を聴いていても晴れない。
おっさんがキレている。
駅員さんをつかまえて、ストレスを思い切り発散させている。
ぼくのイヤホンを通りこして聞こえてくる怒声。
会社でうまくいってないのか、
夫婦仲がいまいちなのか知らないけど、
キレたおっさんほど、周りの気分をわるくする生物はいない。
1位 キレたおっさん
2位 頭の上をグルグルまわる虫
3位は、う~ん。家で出くわす何かしらの虫にしておこう。
その日の遅延は、沿線火災だった。
線路の近くで、火事があったから電車は一時停止。
火がおさまるまで、足止めをくらったというわけで。
もちろん、沿線火災なので、
ほかの電車は動いている。
振替輸送もあるから、別ルートで帰宅だってできるのだ。
なのに、おっさんはキレることをやめない。
ただひたすらに、駅員さんに何かを語っているのだ。
どうして、おっさんはこんなに怒っているのだろうか。
仕事が終わって、ヘトヘトなのに電車が来ない。
だから怒っているんだろう。たぶん。
その先に待っているものは、晩酌やテレビ、風呂といった時間だろうな。
おおまかに言うと、家に帰りたくて仕方ないのだ。たぶん。
つまり、おっさんはホームシックなのである。
お家に帰りたくて、帰りたくて仕方ないから、
駅員さんにその辛さをぶつけているのである。
野球中継がみたくて、焼酎をのみたくて、風呂に入りたくて、
俺の叫びを聴いてくれ! 『帰りたくて、家』
イヤホンをつけて、音楽を聴いているから、
本当のことは分からないけど、
とりあえず大体の人がキレている理由なんてこんなもんだ。
あとはちょっとの、
仕事がうまくいかないとか夫婦仲がいまいちとか、
そういうスパイスが効いているそれだけなんだ。
いい年した大人が、
ホームシックで駄々をこねている。
そう思ったら、なんだかおかしく見えてくる。
むかしやってた水泳の合宿で、
家に帰りたいと泣いていた少年とほとんど同じだ。
それからしばらく、
おっさんの『帰りたくて、家』を聴いていたと。
というより観ていた。
電車はようやく到着して、新快速は動きだした。
もうそれはそれはギュウギュウである。
いつもの駅に到着したら、
ホームにはこれまた沢山の帰宅人がいた。
ぼくの乗ってきた電車を待ちにまった人たち。
降りた人が作ったスペースに、
これでもかと乗る人がなだれ込む。
もう乗れないだろって状態のところへ、
タックルのように乗り込んだおっさんがいた。
そして、そのタックルを思い切りくらったおっさんがいた。
あまりの勢いに、カチンときたのか、
タックルをくらったおっさんは、
相手をつかんでホームへ投げた。
くびねっこを掴んで、
柔道でいうとこの大外刈りをきめていた。
ケンカである。
『帰りたくて、家』が脳内に流れてくる。
ぼくのプレイリストにそんな曲はないけど、もう何度目のリピートだろうか。
とっくみあいの二人をホームにのこして、
満員の電車はゆっくりと出発をした。
改札へ向かうぼくの横を、
猛ダッシュで駅員さんがすれ違っていく。
駅員さんだって、
はやく家に帰りたいんやろなぁとか思ったりする。
人間は、すごく単純なことで怒っていると仮定すると、
おバカに見えてくるから面白い。
これからは駅でキレているおっさんは、
ホームシックであると定義づけしてみてください。
『帰りたくて、家』が聴こえてきますよ。