得も損もない言葉たち。

日常を休まず進め。

あなたのクスッとをください。

ミルクココアが飲みたくて。

 

「うぅ~」

 

トイレで、ぼくは死にそうな声をもらした。

 

 

会社に行くまでに、乗り換えが何度かあって、

そのたびに改札を出たり、階段を降りたり、人と肩がぶつかったりしている。

 

朝起きて、もうれつに喉が渇いている時は、お茶をがぶ飲みするが、

そうじゃないときは歯を磨いておわり。

 

なにも飲まずに家を出るから、

途中で何かを飲みたくなって自動販売機を利用する。

 

 

健康診断をうけ、先生に注意を受けてから、

特保のお茶を買うように意識しているが、

どうしても冷たいミルクココアが飲みたい朝だった。

 

コカコーラの自販機には、ない。

アサヒの自販機にも、ない。

 

 

「あぁ、いっそのことミロでもいい!」

って思ったけどミロはもっと見つからない。

 

コンビニじゃだめなんだ。

キンキンに冷えたミルクココアを飲み干したいんだ。

 

 

喉の渇きとは違う。

たぶんぼくは今、ココアゾンビだ。

出勤前のココアゾンビ。

 

 

 

いつもの駅の端の端。

なんのメーカーの自販機か分からないところに、

ミルクココアをみつけた。

 

 

なんとも、絶妙な茶色のパッケージの缶。

飲みたかったものが、そこにはあった。

 

 

ぼくが本当のゾンビなら、

自販機を押し倒して中身をとりだし、

おなかがたぷたぷになるまで飲み干すのだが。

 

あいにく、ココアゾンビである前に、

いっぱしのサラリーマンなのだから仕方ない。

 

財布から500円玉を取り出して、

130円の1本をいただくことにする。

 

 

投入

 

 

・・・あれ・・・ボタンが光らない。

 

 

購入の権利を行使するためにある、自販機のボタンが光らない。

その代わり、10円と書かれたランプが光っている。

 

悲劇だ。10円のお釣りが切れている。

10円のお釣りが無いということは、

ぼくの500円ではミルクココアが買えないのだ。

 

 

「金ならある、ココアをくれ!」

 

祈るような思いで、再度お金を投入するも同じこと。

ぼくの財布には、1000円札と500円玉と、あと1円が数枚しかない。

 

 

買えない。

 

ミルクココアが買えない。

 

目の前にあるのに買えない。

 

お金があるのに買えない。

 

 

「いっそ、値上げしてくれ!150円にしてくれ!」

 

あの時のぼくは、ココアの相場を変えてしまうぐらいの思想を持っていた。

それぐらい、目の真にある茶色のパッケージは輝いて見えたのだ。

 

どんなにあがいても、ココアは出てこない。

 

後ろ髪を引かれる思い(最近髪を切った)で、会社へ向かう。

その日は、もう、頭のなかは悔しさでいっぱいだった。

30円を持ち合わせていない自分に悔しさを感じながら、特保のお茶を飲んだ。

 

 

 

帰り道。

ぼくは、朝とおなじ自販機の前にいた。

 

 

光っている。

10円のランプが光っている。

 

なんということだ、12時間労働の間に、

お釣りは一切チャージされていないという。

 

 

業者のお兄ちゃんよ、頼むよ。

ぼくにミルクココアを飲ませてくれよ。

お願いよ。

 

その日は、結局、いっさいミルクもココアも喉を通らなかった。

特保のお茶は、しっかり通った。

 

 

 

お風呂に入りながら考えていた。

 

 

半日経って、10円のお釣りが切れたままということは…、

つまりその間に、誰一人その自販機で飲み物を買っていないということじゃないか。

 

 

とんでもなく、不人気な自販機なんじゃないだろうか。

 

それとも、ぼくのように志半ばで会社へ向かったゾンビがたくさんいたんだろうか。

どっちなんだろう。

 

 

 

そして、今日の朝、

ぼくは財布に1000円札と3枚の十円を入れて、

満を持していつもの自販機に挑んだのです。

 

 

 

 

それでも、

 

それでも、

 

10円のランプは光っていました。

 

 

あんなに飲みたかったキンキンに冷えたミルクココアは、

とうぜん、キンキンに冷えたミルクココアでしたが、

なんだか複雑な気分でぼくは生き返りました。

 

 

そして、お腹をひやして、

トイレに駆け込んだのです。

 

 

「うぅ~」


冷えすぎや。

 


昨日から、今朝までの話です。