得も損もない言葉たち。

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日常をひとます、休まず。

あなたのクスッとをください。

エスカレーター横のおじさん

 

おじさんをさがしていた。

この数日、どこかへいったおじさんがいた。

 

毎朝、おなじ電車に乗る。

いつもの場所で日経新聞をひろげるおばさんや、

ちぢこまりながら文芸春秋を読むお父さん。

いつものメンバーがいる。

どこの駅で降りるのか分かっているから、

壁沿いを確保している文芸春秋のお父さんの前にぼくは立つ。

お父さんが降りる瞬間に生まれるスペースにすべりこむ。

 

言うならば、

テトリスの長い棒がピッタリはまるような感覚なんです。

 

待ってましたと言わんばかりに体が動いた瞬間、

あぁ今日もなんとか一日がはじまったなぁと実感する。

 

 

ちなみに、探していたのは、文芸春秋のお父さんではありません。

エスカレーター横のおじさんです。

 

職場の最寄駅について、

くだりのエスカレーターへ向かう。

角を右にまがったとろに、そのおじさんはいる。

 

毎日、そこでおじさんは、

バンを置いて、ジャケットを脱いでエスカレーターに乗る。

 

それだけ。

それだけなんですけど、

毎日絶対、そのおじさんはそこにいる。

 

たぶん、おなじ電車で、

ぼくよりもエスカレーターに近い車両に乗っているから、

いつもそこにいるんだと思う。

 

あさねぼうした日は、おじさんはいない。

ぼくが一本遅い電車に乗ったから。

すこしだけ期待して、角を曲がるけど当然いない。

 

サラリーマンのプロは、あさねぼうなんてしないんだろう。

 

で、次の日、ちゃんといつもの電車に乗れると、

おじさんはジャケットを脱いでいる。

 

「あ、日常だ」

と思いながら、エスカレーターを下る。

 

なのに、そのおじさんがいない。

エスカレーター横のおじさんがいなくなった。

 

毎日、文芸春秋のお父さんからゆずってもらった壁際にはりついて、

いつも通りに駅の角を曲がっているのに。

どうしてだろう。日常がちょっとだけ変わってしまった。

 

なにがあったんだろうか。

 

・転勤

・転職

・退職

・引っ越し

 

生活がかわったんだろうなぁ。

おじさんにとっても、すごく大きな変化だっただろう。

 

5月になって、辞令が出ることだってあるだろうし、

もしかしたら退職するぐらいの年齢だったのかもしれん。

すこしふくよかな人だったから、体調を崩したのかなぁ。

 

寝坊せず、まったくおなじルートで通勤しているが、

おじさんを見つけられないもどかしさ。

 

一度も話をしたこともなく、

ジャケットを脱いでいる姿しか見たことがない。

ぼくの人生を大きく変えてくれるようなことは、

ほんとに、みじんもない人なんだろうけど、

どこかぽっかり穴があいた寂しさ。

 

エスカレーター横のおじさんがいないことが、日常になったんだねぇ。

 

 

金曜日

 

 

いつもの電車に乗った。

すこしだけ、いつもより出口に近くの車両へ。

 

あぁ、しんどいなぁとため息。

 

角を曲がって、エスカレーターを降りるために列へならぶ。

 

もう一度、ため息が出そうな間があって、

ボーっと何も考えずに歩いていたら、

 

おじさんを見つけた。

あれは、まぎれもなく、エスカレーター横のおじさんだ。

 

どうしてだ、どうしてそこにいるんだ。

あなたは、いまの時間、あの場所でジャケットを脱いでいるはずなのに。

 

 

 

 

そうか、

 

なんだ、

 

そんなことか、

 

もう、クールビズの季節なんだ。

 

ジャケットを着なくていいから、

脱ぐ必要がないんやね。



 

だれかの日常は、

ほかのだれかが生きる世界でもあるんだな。

 


ホッとしながら、

新しい日常をすすむ、すすむ。

 

 

 f:id:heyheydodo:20170514111817j:plain

 


あ、

バン屋のおじさんは、

荷物が多いね。