得も損もない言葉たち。

日常をひとます、休まず。

あなたのクスッとをください。

午後9時の妖精。

 

不思議な位置関係だ。

 

 

なにかが起こりそうな気配を感じとって、

数人がおなじように立っている。待っている。

 

 

それは、ネットの情報で、

ゲリラLIVEの場所を嗅ぎ付けたファンが、

「そろそろ来るんじゃないか…」と待っている様子にすこし似ている。

 

話すこともしないが、

それぞれがなぜそこにいるかは分かっている。

 

ぼくも、待っている。

 

閉店を15分前にひかえた食品売り場は、

そわそわが止まらない。

ちらちらと周囲を見渡しつづける。

 

 

店員さんが、たった一枚の黄色のシールを貼るだけで、

その一瞬で商品の価格は半減する。

 

 

まるで、魔法だ。

『半額』と書かれたシールを貼ったとたんに、

たくさんの手が伸びて、一瞬でお寿司は売り切れる。

 

さっきまで、ぜんぜん知らないフリをしていた人が、

とおい野菜売り場から、カートをとばしてやってくる。

 

 

負けてたまるか。

いそいで手をのばす。

 

 

なんのためらいもない。

1000円のものが、500円で売られていたら、

すこしぐらい怪しんでもおかしくないけど、

今回の場合は、話はべつだ。

 

たった一枚シールを貼っただけ。

1秒で、お寿司が半額になった。

理由は、閉店が近いから。それだけ。

知っているんだ、それが1000円だった時の輝きを。

 

 

妖精のように、

店員さんは売り場をめぐり、

たくさんの商品を半額にしていく。

 

主婦の目は、血走る。

ラディッシュと紫キャベツを買っているような奥様でさえ、

おどろくような手の動きだ。

 

 

そして、さっきまでガラ空きだったレジに、

突如として長蛇の列ができあがる。

 

みんな一様にして、妖精の恩恵をうけていて、

レジ打ちのお姉さんは当然のように50%OFFのボタンを押す。

 

勝ち誇った顔をして、

おおぜいの人間が店を出ていく。

 

大きなレジ袋をもって、

割り箸を人数分もらって。

 

 

ぼくも、割り箸を2本もらって店を出る。

ひとりで食べるんだけど、

半額だからって欲張ってしまった。

2パックも買ったお寿司をひとりで食べると思われるのが恥ずかしかった。

 

 

そんなところで恥ずかしさを感じるよりも、

そわそわしながら妖精の出現を待っていたことのほうが、

よっぽど恥ずかしいことに気付く。

 

 

次は、しっかり割り箸はひとつだけもらおう。

せめて、いさぎよくあろう。

 

てなことを考えながら、蛍の光を背中に感じて帰る。

 

 

 

うん。

 

 

午後9時、お寿司売り場には妖精がいる。