得も損もない言葉たち。

日常を休まず進め。

あなたのクスッとをください。

瞬間移動は奇妙である。

 

 今週は、2日も平日が休みだった。

 銀行で働いているので、休みはしっかりもらえる。

 もはや、それこそが最大の利点とも言えるのだが、

 今日は、そんなことを言いたいわけではない。

 

 

 火曜日だったろうか。

 台風が通過したあとの大阪駅は、人であふれていた。

 電車が遅れている。30分ぐらいの遅延だ。

 

 

 まぁよくあることなので、イヤホンを耳につけて、

 歌詞のない音楽を耳にしながら、本を読んでいた。

 読書に音楽は、集中できないようにみえて、意外にできる。

 駅の雑音を耳にしていると嫌になるのだ。

 

 

 

 イライラしている人たちの仕草に目がいく。

 持っている傘を地面にトントントントントントントントン。

 待ちきれずに、電車を待っている途中で、缶チューハイを開ける。

 上司と帰っている部下は、いつもよりたくさん人生論を聞かされる。

 自分の父親ぐらいの人が、もっと年上の人にヘラヘラしてるのは、

 本当はあまり見たくないものです。

 

 

 そんなこんなで、耳は音楽、目は活字に預けていると、

 電車が申し訳なさそうな顔をしてやってきた。

 結局、遅延はのびにのびて、45分となっていた。

 

 

 駅のホームに溢れかえった人々が、

 乗車率100%を超える車両を、つぎつぎと生み出す。

 

 もれなく、ぼくの車両も乗車率は100%オーバーである。

 なにを100%の基準にするかというと、

 まぁ、ぼくが本を開くことができるかどうかにしておく。

 

 

 なんとか掴んだつり革。

 

 

 耳は相変わらず、音楽に任せているので安心だが、問題は、目である。

 どこを見ておこうか。横の人があり得ない体制でスマホを触っている。

 ぼくも、あり得ない体制で、そのスマホを覗こうか。

 いや、それは趣味が悪い。

 

 悩んだ末に、目は機関として、前のものを認識するだけに徹することになった。

 あくまで、目の前を認識し、判断を下すためのもの。

 

 

 つまり、前に立っている学生のような男性を、ボーっと眺めていたということです。

 

 

 服の色は青色の中でも、ネイビーだなぁ。

 Tシャツの文字はあれどういう意味だろう。

 この時間に私服で電車に乗っているってことは大学生かなぁ。

 ってことは、ぼくより年下かなぁ。

 いや、3浪していたら年上だぞ。

 

 

 といった具合に、

 必死につり革を掴んでいる、おなじく満員電車と戦う彼を見ていた。

 

 揺れる。

 揺れる。

 電車は揺れる。

 

 

 乗っていた電車は、新快速でした。

 大阪駅を出ると、次は尼崎駅に止まる。

 その数分間、ぼくはネイビーの彼を認識しつづけていた。

 

 

 そして、尼崎についた。

 たくさんの人が降りる。

 

 

 「どけ!どかんかい!」

 

 こんな声をあげているのと変わらないような、タックルをかましてくるおじさん。

 あれは、もう本当、やさしくない。傷つく。

 まぁ、イライラしてるのも分かるけど、もうちょっとで外じゃないか。

 この日もタックルをくらった。

 

 

 で、ここでタイトルの話ですが。

 瞬間移動のことです。

 

 

 

 というのも、ぼくの目の前に、瞬間移動してきた人がいるんです。

 

 

 その人は、

 メガネをかけていて、

 グレーのシャツをきていて、

 リュックサックを背負っていて、

 おそらく大学生であろう風貌で立っていたんです。

 

 

 「このメガネの彼はいったい誰なんだ!」

 

 ぼくの脳がパニックを起こしました。

 

 

 

 ?って頭に浮かんだかた、いらっしゃいますか。

 電車で知らない人をみて、この人が誰だか知らないことにパニックを起こしている。

 どう考えてもおかしいですよね。

 

 

 

 だけど、ここで、ぼくの目が得た情報をもうひとつ付け足します。

 

 

 

 その人は、ぼくがこの数分間ずっと見ていた、

 ネイビーの彼と笑いながら話をしていたのです。

 

 

 ずっと一人だと思っていた人物の横に、

 突然として友達があらわれた。

 そのことに、ぼくの脳は混乱したのです。

 

 

 誰もいなかった空間に突然として、人が現れたかのような感覚。

 瞬間移動です。

 

 

 思わず、ぼくはイヤホンを外しました。

 そして、2人の会話に耳をかたむけました。

 

 気づけば、ぼくの耳も目も、もう完全にその2人にまかせっきり。

 

 

 わかったことは、彼らが友達でどこかの帰り道だったこと。

 普段はゆったりと話しながら帰るのに、

 満員電車ではぐれていしまい、駅で人がたくさん降りたことで、

 やっと合流できたこと。

 

 

 

 情報を耳に入れてようやく、頭が理解した。

 このメガネの彼も、最初からこの空間にいたんだな。

 だけど、ぼくの中で知らない人に対する情報量の差を生んでいた。

 

 

 ネイビーの彼も、メガネの彼も、

 どちらもまったく知らない人。

 ある程度の認識をしていた人と、ぜんぜん認識してなかった人

 突然、関係性を持ったとき、

 脳が、ここに瞬間移動してきたと勘違いを起こしたのだ。きっと。

 

 

 

 いるのに、いないと思わせることが瞬間移動の秘密なのではないだろうか。

 

 つまり、自分が移動していなくても、

 相手に、ここに居ないと思わせることで瞬間移動は完成する。

 

 

 その一つの手段として、

 見るがわの、認識レベルの差が使えることをぼくは満員電車で学んだのである。

 

 

 

 気づけば、最寄駅についた。

 台風はすぎさって、涼しい風が吹いていた。

 

 あっ。

 

 晩ごはんを何にするか全然考えてなかったことに気づく。

 

 

 結局いつもの、コンビニへ足を向けるのであった。