得も損もない言葉たち。

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日常をひとます、休まず。

あなたのクスッとをください。

銀行員に潜入。9マス目

 

 お客様と話をする時間が、仕事の半分ぐらいを占めています。

 のこりは、数字に追われたり、書類に追われたり、週末を待ったりしています。

 

 

 

 今日は、その半分を占めているお客様との会話の中で、気づいたことを。

 

 

 資産運用を任されているのですが、これが本当に難しい。

 お金を増やすために、為替や世界情勢を見つめて、

 投資商品を勧めたり、フォローしたりしてるんです。

 いや、しないといけないんです。仕事なので。

 

 

 ただ、銀行員は3年ぐらいで転勤になる。

 

 転職すれば、もっとはやい。何か月でいなくなる担当者もいる。

 ぼくは、まだ2年目で転勤を知らないのですが。

 

 

 

 つまり、コロコロと担当者が変わる。

 

 

 担当者が変われど、お客様の人生は変わらない。

 ずっとその家に暮らし、生きている。

 

 

 新任のあいさつに行くと、よく言われることがある。

 

 「前任の○○さんには、無茶苦茶された」

 「昔は、もっとお金あったのになぁ」

 

 過去の担当者に、損をさせられたことに対する話。

 

 もちろん逆もありますよ。

 

 「○○さんには、本当によくしてもらった」

 「あの人は、親切で誠実やったねぇ」

 

 

 色々な話をされるんですが、

 ぼくは苦笑いや、本当笑いを繰り返してるんです。

 時に、がんばります!って言ったり。

 でも、やっぱり相場を読むのは難しく、申し訳ない気持ちになったりします。

 

 

 

 

 ただ、仕事には、仕事以外の会話もある。

 お金の話をするからこそ、もっと根幹の話をできる。

 家族の話、仕事の話、もっと言うと、自分が死んだあとの話。

 

 

 

 お客様は年配の人が多い。

 それぞれが、苦しい思いをたくさんして、今まで生きてきた人たちだ。

 もちろん、楽しいこともたくさんしてきているだろうけど。

 恋したり、遊んだり、キスしたり、映画観て笑ったり、旅行したり。

 

 

 

 たくさんの人生の足跡をたどりますが、

 出てくる話は、暗い話が多くなる。

 ぼくだってそうだ、同情というか理解してほしいから、

 悲しいとか寂しいとか口にする。

 

 

 

 

 

 

 嬉しい話は、過去形。

 悲しい話は、進行形。

 

 

 

 

 

 これは、ぼくが最近気づいたことだけど、

 嬉しかったことは過去形になっている。

 

 「あれは楽しかったなぁ、よかったなぁ」

 みたいにね。

 

 きっと、人は瞬間的にしあわせを感じるんじゃないかな。

 夫婦生活が、ずっと幸せって人は、そんなに多いもんじゃない。

 

 

 だけど、人生にはたくさんの瞬間が訪れる。

 

 

 子どもの誕生

 会社での成功

 小学校入学

 好きな球団が優勝

 娘の成人式

 

 

 瞬間、瞬間が人をしあわせにする。

 だけど、それはいつも薄れていってしまうものだ。

 娘は反抗期に向かうし、会社は不況の波にのまれる。

 好きな球団には暗黒時代が訪れる。

 

 

 悲しい話はどうだろう。

 ぼくがいつも人から聞く、悲しい話はいつも進行形だ。

 そして、それは聞いてあげることしかできない。

 

 

 

 ご家族を失った悲しみ

 友達に裏切られた悲しみ

 体が思うように動かなくなった悲しみ

 

 

 

 今も、その人たちは、この悲しみを進行形で抱いている。

 それを聞いているぼくは、すごく苦しい気持ちになってしまう。

 家族を失った悲しみを、過去のことになんてできないし、

 友達に裏切られた悲しみを、忘れることなんてできない。

 歩けなくなった人の足を、もう一度動かすこともできない。

 

 それが何より、つらい。

 

 

 

 だけど、つらいだけじゃ、つらすぎる。

 お客様は解決を、求めてなんかいないはず。

 もしかしたら、同情も求めていないかもしれない。

 

 

 そう思った。

 

 

 じゃあ、何が自分にできるのだろうか。

 考えて、考えた。

 やっぱり喜んでもらうことをするしかないって答えが出てきました。

 

 それは、もしかしたら瞬間的なものかもしれない。

 

 

 夏の数分、空にひろがる花火みたいな。

 冬の数分、空にひろがるオーロラみたいな。

 寝ている最中に、頭に広がるエッチな夢みたいな。

 

 

 それでもいいんじゃないだろうか。

 人は、悲しみからは逃れられない。

 だけど、その進行形の悲しみを、

 途中でいったん休憩することぐらいはできるんじゃないだろうか。

 

 

 ぼくが帰ったあとに、

 仏壇を見て、もしかしたら悲しみがまた動き出すかもしれない。 

 

 それは仕方ないことだ。

 人生はそんなに、薄いもんじゃないだろうし。

 

 

 だから毎日、ぼくは笑点好きな人には笑点の話を。

 料理好きなお客様とは、お昼ご飯を食べる。

 

 

 数字が出なくて、怒られても、気にせずそういていたい。

 

 

 

 

 銀行員は、人をしあわせにできる仕事なのだろうか。

 悲しみを生んではいないだろうか。

 

 瞬間的でもいいから、しあわせを置いて帰れる仕事をしよう。

 

 それは、もしかしたら、

 会社の大きな流れとはちがうかもしれないけど。

 

 

 だから、ぼくは“ことば”が好きなのだろうなぁ。

 

 

 

 

 

 

 ちなみにですが、

 投資で損をしたことは進行形で、

 得をしたことは過去形なので、

    お客様は都合がいいなぁって思ってます。

 

 

 

 

    現金な人ですよねぇ。

 

 

   使い方あってないかも、しれないけれど。

   オチをつけないと終わらないので。ね。

 

 

 

 

 

 

 つづく。

 

 

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