得も損もない言葉たち。

日常をひとます、休まず。

あなたのクスッとをください。

小手先で生きていく 社会人メガネ活用講座

 

人類を2つに分けるとしたら、何と何に分けますか?

 

男と女、たけのこ派ときのこ派、犬派と猫派、パンとごはん。

他にも色々あるけど、まぁこんなもんで。

 

 

 

 

で、

 

ぼくがその2つに分ける仕事を任命されたら、

なにを基準に人類をふたつに分けるかと言いますと、

 

 

メガネをかけている人とメガネをかけていない人

 

これで分けたいと思うんですね。

 

高校二年生ぐらいから着用するようになって、大学生になっても愛用。

コンタクトという選択肢は全く持たずに生活をしてきたぼくにとって、

鼻に乗せている2つのレンズは、欠かせない生活アイテムなのです。

 

それは、もちろん、視界をこの上なく良好にしてくれるわけなのですが、

メガネを使って生活をしてきて10年程。

 

ここに、社会人のうまいメガネの使い方をいくつか載せておきます。

もし、あなたが人類を2つに分けたうちの、

メガネをかけてる方なら、是非とも参考にしてください。

メガネをかけていない方なら、是非とも着用してください。

 



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1.メガネは視覚を良好にしてくれる

 

もはや、語る必要なしの機能。

目に映るすべてが美しく見えます。

ぼくなんか、メガネを外すともう何も見えないので、

無人島に持って行くならどうする?という質問に、

(メガネも含む)と条件が加えられていたら、もう悩む余地がないのです。

遠いものを見るときに、目を細めてしまうと、

この上なく険しい顔になるので、

そこは爽やかにいましょう。

 

 

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2.眠たくなったら、メガネを外そう

 

メガネを外せば、何も見えないということは、

夜眠れない時、自分を無理やり何もできなくさせることができます。

なんとなく、メガネを外してまでスマホにしがみついている自分を想像すると、

ちょっと情けなくなってきて気づいたら瞼は閉じられます。

目を覚ましたら、またすぐにメガネを探して、スマホを手に取ってしまって、

情けなくなって二度寝をしてしまうのです。

 

 

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3.しんどくなったら、メガネをずらそう

 

メガネの使い方は、着ける、外す、ずらす。この3つです。

仕事中に、ものすごくしんどい時、メガネをあえてずらしてください。

あなたの顔は、周りから見てとてもマヌケな顔になります。

大切なのは、ずらしながらも仕事をしているフリをしっかりすること。

「あいつ、メガネずらしながらも仕事やっとるな」と、

ふしぎに周囲が笑ってくれるようになります。

ポイントは、マヌケさを上手く使いこなすということです。

 

 

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4.顔は変えれないけど、メガネは変えられる

 

まぁ、メガネを変えたところで、かっこよくなれる訳じゃないんですが。

でも、気分の問題で、なんとなぁくお気軽に心機一転できる方法が、

あたらしいメガネを買うという行為には溢れていると思うのです。

ドラマで俳優さんがやっていた何かに憧れて、

全体的なファッションや髪型まですべてを真似するのは絶対にダメです。

 

悲しいかな、メガネは変えられるけど、顔は変えられないですから。

 

自分の好きなものを選びましょう。

あくまで、自分のために。ね。

 

 

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5.気づきたくないことは、見なきゃいいのだ

 

駅を降りて、会社へ向かう途中での道。

改札のところで上司が缶コーヒーを買っている。

あいさつしなきゃいけないけど、

今日はひとりでゆっくり音楽でも聴きながら歩きたい。

さぁ、メガネを外しましょう。そして、歩きながらレンズを拭きましょう。

 

メガネを外しているのだから、気づいていなくて当然。

拭いているフリをして、そっと横を通り過ぎましょう。

 微妙なラインの知り合いと、すれ違う時にもピッタリなのです。

 

 

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いちばん言いたいことは、最後に。

 

6.のび太君になろうよ

 

ぼくが、メガネをかけはじめてから、生き方を意識している人物が一人います。

 

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そうです。日本一有名な、のんびり生きてる少年。

のび太です。

 

 

決して焦ることなく、自由に、気ままに、

丸いメガネをかかて生き続けてきた人生がのび太君にはあります。

辛くて、しんどい時には、

まるいメガネをかけて下さい。

そして、のび太を憑依させるのです。

しんどい時には、しんどいと言う。

眠たい時には、眠いと言う。

嘆きまくるのです。つねに、自分にあまえて嘆くのです。

 

 

でも、現実世界にはドラえもんはいない。

押入れで寝ていて、どら焼きをあげたら悩みを叶えてくれる人はいない。

だからこそ、自分で解決をしないといけないわけです。

 

 

しんどくなったら、

「ぼくは、眠たくて仕方ないんだぁ~」と嘆いて、

思いっきり寝るのです。

 

「どうしてノルマなんかを達成しないといけないんだぁ~」

 

「暑い、暑すぎるよ。ぼくの周りだけ暑すぎるんだよ」

 

みたいに、思っていることを言葉にして、

生きるのはすごく楽しいと勝手に思っています。

 

ドラえもんの役目を果たすのも自分なので、

 

「そりゃ、君はお給料をもらっているだろ?好きな本を買ってるんだろ?」

 

「仕方ないじゃないか、夏なんだから、もっと楽しむ方法を考えなよ」

 

とか、そういう冷静な言葉をかける自分も秘めておくと、

頭の中で1コマ漫画が描かれて、なんだか気楽に生きていけるのです。

 

 

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以上が、ぼくが考えるメガネをうまく活用する方法なのですが、

どうでしたか。

 

小手先ですが、あなたの鼻の上が空いているなら、

そこにちょこんっとメガネをのせてみたら、

生活の仕方がちょっと変わるんじゃないかなぁと思ってます。

 

 

 

朝起きてメガネを探している自分は、

ものすごく情けないので、

旅行とかの際は、

ちゃんと場所を把握してお休みくださいね。

アイドルが頑張っていることなんて、みんな知っている。

 

誰かと何かを共有したくて、今日も、ブログを書き始めている。今日、自分が感じたことを書こうと思って、休日を振り返ってみた。

うん、よく考えなくても、今日は一日家にいた。お腹が空いた時だけ、コンビニに行って、700円以上お買い上げなのでクジを引いた。最近、不摂生が続いていたので、海藻サラダと特保のお茶を買うようにしているのだけど、クジで当たったのが特保のコカ・コーラでした。どうなんでしょう。くじ運的なのをつかさどっている神様的な人は、ぼくを痩せさせたいのか、太らせたいのか、それとも中途半端に消費させたいのか。ちょうどいいところで、遊ばれている気がします。で、家に戻って、映画なんかを観たりして、洗濯物をまわして、昼寝をして今です。

 

・・・・。

 

 

どうしよう、一日が終わってしまう。なにも、世の中と接点なく、一日が終わってしまう。

 

 

今日観た映画の感想でも書こうと思ったけど、そんなもの共有されても知らんがなとなってしまいそうだし、「なんか、すげー良かった」で済まされてしまう映画だったから難しい。なんだ、なんか無いかなぁ。

 

 

 

そうだ、アイドルについて考えてることを書こう。

ぼくはいま、アイドルの凄さについて書かなきゃいけないんだ。

 

 

 

いきなり言い出してごめんなさい。あ、金曜日の夜からバスに乗って東京へ行ってました。アイドルのイベントに参加するわけではなく、勉強したいことがあって。で、帰路も当然夜行バスなので、出発まで時間をつぶすのに困り果てるわけです。ネットカフェの3時間パックで、リクライニングシートに座ってYouTubeを開く。自分のパソコンではないから、オススメ動画が見たことがないものばっかりでした。YouTuberの動画で埋め尽くされる画面の中に、アイドルのライブ映像だけをアップするチャンネルがあった。特に、ほかに観たい動画もなかったし、サムネイルの女の子がかわいかったから、興味本位で押してみました。

 

乃木坂46が歌っている映像がたくさんあって、恥ずかしながら、初めてちゃんと自分一人で彼女たちを観た。で、そこから3時間後、ぼくはすごく幸福な気持ちでヤコウバス乗り場へ向かった。それはなぜか。人生を、応援したい人が、こうやってインターネットを通じて画面越しでも活躍している姿を観れるということは、なんて幸せなんだろうかと思ってしまったのだ。そう思うと、ほとんど名前も知らない彼女たちのライブ映像をみながら、感動してしまったのです。帰りの車内は、眠りにつくまでぼんやりとアイドルについて考えたりしていたので、今日はそれを書いてみようと思います。

 

 

 

アイドルが頑張っていることなんて、みんな知っている。

 

 

ファン心理を知らないほうではない。高校生の時に、一度、AKB48の握手会へ友だちと行ったことがあった。大阪の千里中央のステージに、いまは卒業した人気メンバーが勢ぞろいしていて、一枚だけ買ったCDについた握手券で、お得なことに3人と握手ができた。

友達から「あの後ろにいるスタッフが無理やり引っ張るから、話そうと思っても時間がないから気をつけや」とアドバイスを受けた。ステージに目をやると、なるほど、そこにはアイドル、ファン、スタッフの壮絶なやりとりが行われていた。話をしたいファンと、引きはがしたいスタッフ、それでも微笑んでくれるアイドル。後ろのファンも、早くしろよと待っているが、自分の番になると必死に握手をしている。ぼくの知らない人間のやりとりは、世界にまだまだいっぱいあるなと気づいた瞬間でした。

 

3列ぐらいにメンバーが分かれていて、誰と握手するかは自分で決められる形式だった。失礼ながら、そんなに誰がどうとか知らなかったので、かえってぼくは悩んでしまった。友達は、ファンのメンバーがいる列へ並んでしまって、ぼくひとり、ステージの前でボーっと握手会の様子を見ていた。季節はまだ1月の中旬。寒さを吹き飛ばすぐらいの、ファンの熱気がそこにはあった。よく見ると、半袖の人がいる。分厚いコートを着ているメンバーが多い中、何人かの女の子がステージ衣装であった半袖のまま握手会をやっていた。

 

 

「あの人と、話がしてみたいなぁ」

 

 

なんだか分からないけど、袖の長さで頑張っているかどうかが決まるわけじゃなけど、ふしぎにその人と握手というか話をしてみたくなった。が、戦況は変わらず、時間が経つごとにスタッフの引きはがしの強さは増している。友達も「一言も話せへんかった」と落胆して帰ってきている。これは到底難しそうだ。なぜ、半袖のまま握手会をしているのか、さむくないのだろうか。単純に気になって仕方なかった。「ちょっと、俺も行ってくるわ」と友達に告げて、戦地へ向かう思いで、行列に並んだ。もちろん、その列には2人半袖のメンバーがいた。

 

ステージに立つと、こりゃいかん。想像以上に、熾烈なやりとりが繰り広げられている。握手をして、数秒後にはスタッフが肩から引っ張ってくる。それでも握手をつづけ、アイドルはその指が離れるまでファンのほうを向いている。すごい、すごすぎる。ぼくは、ここで何をすればいいんだ。

 

 

そこから、数分後。ぼくは、ステージを降りて、友達のもとへ駆け寄った。気付いたら、ややテンション高めで「アイドルってやっぱりすごいなぁ!」と感動を共有していた。

 

 

「あの…変な質問でごめんなさい、寒ないんですか?」

寒いに決まっているのに、ぼくは当たり前のつまらない質問をしてしまった。

 

「寒いけど全然大丈夫!君こそ、風邪ひかないようにね!」

そのメンバーは握手しながら、ぼくにグッドのポーズをしてくれた。

 

「大丈夫です、長袖来てるんで。」

と返すと、けっこう笑ってくれて気づいたら握手を終えていた。

 

 

それからも、たくさんのファンが握手をして、昼から行われた握手会は夕方になった。1月は夕暮れもはやく、暗くなってきても、彼女たちは最後まで握手をしていた。ぼくはというと、何だかすごい嬉しい気分になって、帰りの電車に乗っていた。音楽は、さっきステージで歌っていた曲を。さっき初めて聴いた曲だったけど、ダウンロードして聴いていた。

 

 

アイドルが頑張っていることは、みんな知っている。あんなに複雑なダンスを踊るには、何度も練習しないと無理だし。テレビ番組で話をふられて、それなりのことを返すには、準備が必要だ。学校に通いながらのメンバーなら、勉強もしないといけないし、友達づきあいだってやっぱり楽じゃない。握手会に行く前からでも、そんなことは分かっていた。アイドルは、アイドルであり続けるために、頑張らないといけないんだ。人に応援してもらうには、家でマンガ読んで、お菓子を食べてるだけじゃいけないんだ。そういう裏での努力は、「やって当然」とぼくたち普通の仕事をしている人たちは思っている。でも、仕事中に、営業の愚痴を吐いたり、お菓子をつまみ食いしたり、公園のベンチで寝たりしているぼくたちに比べて彼女たちの毎日は、あまりにも大変すぎる。その中で、ステージ衣装で握手会をつづけるメンバーの輝きを、ぼくは忘れられなかった。そして、乃木坂46のライブ映像を観たときに、その感情を思い出したもだ。

 

それまで、アイドルのファンであることは、すこし恥ずかしいものだと思っていたが、ここまでされて恥ずかしがる必要はあるのだろうかと真剣に考えたりしてみた。そうか、だから、ここまでファンは堂々としているんだ。努力している人たちの頑張りを、全面に応援したいという気持ちがそこにはあるんだ。それはきっと、大好きな野球チームのユニフォームを着て球場に応援に行くのとまったく一緒なんだ。だから、優勝したら涙を流すし、東京ドーム公演が決まったら涙を流すんだ。

 

 

アイドルが頑張っていることなんて、みんな知っている。

でも、それだけでやり続けるほど、アイドルは楽な仕事じゃない。

人に応援してもらうことは、とても大変なことなんだ。

それを尊敬できることが素晴らしいことなんだ。

 

 

 

それ以降、テレビやインターネットで、半袖のメンバーを観るたびに、ぼくはチャンネルを変えるのをやめたり、動画を最後まで観るようにしていた。最近は、そんなこともなくなって、普通にテレビのチャンネルを変えたりしていたけど、大学生の頃も、その時の感情を思い出してたまに聴いたり見たりしていた。あの応援している人が、いま、手の届かないところで一生懸命にダンスをしている、歌っている。なんだか観ているだけで、すごい活力が湧いてくる気がした。

 

ネットカフェで観ていた乃木坂46のライブ映像では、メンバーの卒業ライブが行われていて、旅立つ人に歌が贈られていた。どういう経緯で、どんなことがあって、いま彼女が卒業するのか、ぼくは知らなかったがそれでもきっと、たくさんの努力の先にいまがあるんだなぁと感動しながら夜行バスへの時間を消化した。

 

 

 

 

アイドルとの別れは、タイムラインに流れてくる結婚報告よりずっとましだよ。

 

 

 

アイドルの不祥事や、結婚報道が流れている。そうだよなぁ。ファンからしたら、すごく複雑な心境だろうなぁ。でも、今まで重ねてきた彼女たちの努力に応援したい気持ちが生まれていたのなら、それが結婚で終わったとしても、「お疲れ様」と言ってあげるのが、いちばんなのじゃないのかな。もし、好きなアイドルと付き合いたい!という気持ちがあって応援してたのなら、そうもいかないのかもしれないけど。

 

でも、でもさ、異性と友達になってさ、SNSをみていたら沢山の結婚報告が流れて来るじゃない。彼氏、彼女ができましたという報告があるじゃない。たとえば、好きだった人が、結婚してしまった瞬間に、二度ともうそんな感情を抱いてはいけないのかと落ち込むこともあるし、ぼくたちはいつもそういうギリギリの状態で、生きているんじゃないだろうか。人を好きになるということは素晴らしいことだ。その分、すこしぐらい傷つくこともある。でも、たとえば、その友達と素晴らしい友だち関係になれたら、ぼくは、その子の息子に会うこともできるし、人生を応援できるだろう。

 

 

アイドルの人生を応援したくなるほどのファンになれたら、それはすごくしあわせなことだと思う。身近なメディアで、活躍する彼女たちを観る。ライブに行って、輝いている姿を観る。とても遠いところにいるけれど、ぼくたちは彼女たちの努力を知っているということを誇りに思って、応援していけるのがすごくいい関係だと思う。「尊敬」と「好き」はすごく近いところにあるから、大変なことなんだろうけど、でもそうやって大人になるんだなぁと思いません?

 

 

 

とか言いながら、アイドルから仮に電話番号を渡してきてくれたら、ぼくはそれを破り捨てることができるだろうか考えた。


アホみたいなことと、分かってながら考えた。

 

 

 

・・・・

 

 

う~ん、悩んでいたら知らぬ間に、眠りについて、目が覚めたら大阪駅にいた。

 

 

 

人生を応援したいね。

アイドルも、友達も。

頑張っている人を、応援したい。

 

ほんものラルフローレン。

 

にせものと一緒に、少年時代をすごした。

 

 

お祭りに行って、もらった遊戯王のレアカードは、

ザラザラの印刷紙だった。

 

入手困難な状態でじいちゃんが見つけてきてくれたベイブレードは、

中央に漢字で「風」と書かれた made in china の本物の中華ゴマだった。

 

ゲームセンターで、すっごい難しい条件のUFOキャッチャーがあって、

仲間と必死に挑んで手に入れたPSPは、よく見たらPOPだった。

 

 

いつだって、にせものに気付くのは手に入れたあと。

喉から手が出るほど欲しかったものをゲットした最大限の喜びがあって、

数秒後に謎解きゲームのようにちょっとずつ真実が暴かれていく。

 

 

「あれ?このPSPはカセットを入れるところがない」

 

PSPって単三電池で動くんだったっけ?」

 

「ん?7種類のゲームが内蔵されてる?」

 

「え?ゲームウォッチ?」

 

「ちょっとまって、……P O P」

 

 

こうやって、一瞬の喜びは、永遠の絶望に変わる。

 

本当は、そのにせものを愛すればいいのだけど、

そんなわけにもいかなくて。

周りのみんなが持っている物と圧倒的に違うべつものを、

仕方なく机の引き出しにしまってしまうのでした。

 

 

大人になってから、

というか自分でお金を稼ぐようになってから。

にせものとは、随分ごぶさたの生活をしてきた。

 

 

クロックスも、ちゃんと専門店で買うようにしたし、

iPhoneだって、ちゃんと本物ですよ。当たり前ですけど。

 

唯一、にせものを好んで選んだと言えば、

 

コンビニで売っている「ほぼカニ」と「ほぼホタテ」ぐらいでしょうか。

カニカマってのは、本当によくできていて、

本物のカニをしばらく食べていないぼくにとって、

もはやカニカマこそが本物と思えるぐらいの美味しさをしているわけです。

 

カニ食べ放題ツアーに、もしぼくが参加しても、

カニカマによくにた生き物食べ放題ツアーにしか思えないかもしれません。

大げさですね。はい、大げさです。

 

ぼくに誰か、本物のカニの味を思い出させてください。

ついでに、本物のPSPもほしいです。

ベイブレードと、遊戯王カードはいりません。

 

 

という訳で、自分で物を買えるようになってからは、

ひとりで満足できる食べ物いがいは、

にせものを選ぶことはなくなっていたのです。

 

 

意外に人はそういうところを見ているし、

にせもののブランドを持つぐらいなら、

ふつうの物を持ち歩くほうがええに決まってるんじゃないかと。

 

 

だからこそ、無地のシャツとか、

どこのメーカーか分かっても分からなくても、

なんとなくいい感じの絵が書かれた服を探し出すことをしてました。

 

 

そんなぼくが、

ラルフローレンを履くようになった。

 

 

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こんなやつです。

おっさんが馬にのって、掃除機を振り回しているマークのやつです。

コンセントが伸びていないので充電式だと思われます。

 

 

…まぁ、あんまり変なことを言うもんじゃないと思うのでこれぐらいにして。

 

 

ラルフローレンの靴下を履いて仕事に行く日ができました。

 

あんまりファッションとかよく分からないぼくでも、

たぶんいい物だってことぐらいは何となく理解できます。

 

 

オシャレは足下からという話も聞いたことがあるし、

それはそれで何かぼくも生まれ変わったかのような気分になるのかなぁとか、

わけのわからない理由で高揚感を得たりしていて。

 

 

どうして、そんな急に、

ラルフローレンを身に付けるようになったかと言いますと。

 

実は、お客様がぼくにくれた靴下だったんですね。

 

 

「営業さんは、靴下とか消耗品やろ?これ買っといたから使いなさい」

 

 

ある日の帰り際に、そっと渡してくれたのがこの靴下でした。

 

夏になると、お茶を出してくれたり、スイカを食べさせてくれたり、

そうめんが湯がかれていたり、ハンドタオルをプレゼントしてくれたり、

いろんなものたくさんのお客様からもらうのですが、

その1つがこのラルフローレンでした。

 

 

 

「こんないいもの、もらえませんよ…」

 

 

ぼくは、さすがに気が引けてしまった。

 

 

「ええよええよ、こんなん安物だから!」

 

 

お客様の金銭感覚と、ぼくの金銭感覚の圧倒的格差。

でも、ありがたく気持ちを受け取ることにして、

そっと靴下を鞄にしまって帰りました。

 

 

なにより嬉しかったのは、

営業の大変さを気遣ってもらえたということ。

 

 

銀行員をしていて、何より考えていることは、

相手の気持ちをどれだけくみ取ってあげられるか。

納得したお金のありかたを見つけ出せるか。

 

 

理不尽なことばっかりだけど、

その一点を見つめて仕事をしてきたことを、

認めてもらえて嬉しかった。

 

 

そして、翌日から、

ぼくの靴下ローテーションには、

紺色の生地に赤いロゴのラルフローレンが追加されたわけです。

 

 

 

 

 

余談ですがこの靴下、

数回履いただけで全体的に色がはげてきました。

 


いい靴下のはずなのに、

かかとがすぐにダメになってきて、

それはぼくが営業を頑張っているからじゃなくて、

あきらかに生地の問題だと分かるような劣化の仕方をしていて。

 

 

あれ?おかしい。

 

 

そんな弱いわけがないぞ、

だってラルフローレンやぞ。

 

 

掃除機をふりまわした馬に乗ったおっさんやぞ。

 

 

 

…ん?

 

 

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あれ?

 

 

掃除機じゃない。

 

このおじさんが振り回しているのは…

確実に投げ縄だ。


そもそも、馬の向きも違う。


これは、そうだ、

これは、カウボーイだ。

 

 

 

靴下のどこを探しても、

ブランド名は書かれていない。

 

 


次の日に、営業エリアの100均ローソンの靴下売り場に、

ぼくのものと同じラルフローレンがあった時に、

お客様の言っていた「安物」という言葉が、

本当だったことに気付いた。

 

 

ぼくは、見てはいけないものを、見つけてしまったんだろうか。

本物の高い靴下をもらったと思って、

ありがた~く大切に履きつづけていたほうがよかったんだろうか。

 

 

 

たぶん、そんなことは関係ない。

 

 

お客様の気持ちが嬉しかったのだ。

いいものをもらったから嬉しいとか、

そういうことじゃなくて、

ぼくのためを思ってくれたその事実こそが最大の贈り物だったのだ。

 

 

 

 

今日も、ぼくはラルフローレンを履いて仕事に行った。

 

若干、限界が近づいている。

 

靴下のゴムは伸びてきているし、

足の先も、そろそろ穴が開きそうだ。

 

 

しっかり履きつぶそうと思っている。




 

 

 

わが家にある、

ちょっといいものは、

にせものラルフローレンです。

 


でもこれは、

ぼくにとって、

ちょっといい、

ほんものラルフローレンでもあるのです。

 

 

営業をしていたら、

靴がむれて、足が臭くなる。

 

 

今日も、たくさん歩いて、

順調に足が臭くなったので、

お風呂に入って叫ぼうと思います。

 

 

 

 

つかれた~~~~~~~~~

想いは、せめて、ふんわりと。

 

嘆くことが多い。

特に、日曜日の晩はつらい。

 

SNSを覗けば、サザエさんを上手く使って、

社会人の心の叫びが言語化されている。

 

ぼくも書きたい。

 

でもなぁ、なんだかそれやと、

当たり前すぎるし、気分がどんどん滅入ってくる。

 

そうだ。

 

想いは、せめて、ふんわりと伝えよう。

卵でふんわりとやさしく伝えよう。

重くるしい言葉ほど、やさしく言ってみたらどうなるんだろう。

 

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やってみました。

 

 

まずは、今のぼくの、精いっぱいの嘆きをどうぞ。

 

 

 

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ま、1日家でこもってたんですが。

 

 

 

 

つづいて、四字熟語で。

 

 

 

 

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金曜日まで耐えきれるのかしら。

あぁしんどい。

 

 

 

 

でもやっぱり、

 

 

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普通がいちばん美味しいと思ったり。

 

 

 

 

四字熟語で、いちばんケチャップたっぷりなのは、

 

 

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なんだか本筋からそれてきたけど、まぁええか。

 

 

 

 

スープは、…ないけど。

 

 

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あ、あかん、食べる気が失せていく。

 

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ダイエットに効く…わきゃないか。

 

 

 

 

固めでも、言い聞かせる催眠食事。

 

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洋食屋さん、使ってください。

 

 

 

 

オムライスの力を使えば、

 

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あんなに恐ろしい人も、

ほら、やさしく取り立てしてくれそうでしょ。

 

 

 

 

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美しい女性は、さらに、やさしく。

そうでない女性も、ちょっと、やさしく。

 

 

 

 

 

 

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あれ、洋食屋さんのお話でしたっけ。

 

 

 

 

途中から、もうなんだか分からないことになってますが、

オムライスの上に言葉を乗せると、

やさしく聞こえるし、

愚痴もすこしだけ聞いてて悪くないでしょ。

 

 

さいごに、

最近ぼくが気づいたことをどうぞ。

 

 

 

 

 

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暑い日が続きます。

眠い日も続きます。

 

 

書いてるだけで、お腹いっぱいになりました。

もう、素麺が食べたいな。



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洋食屋さんですよね。

 

 

鬼の声が聞こえる。【ことわ・ざ】

 

気づけば6月も折り返しちかく。

きっと、もうそろそろ、

【 今年も半分終了 】

みたいな言葉がみなさんのタイムラインに見えてくる季節です。

今年も半分終了したって、暑い夏はまだまだこれからだし、

これと言って何もないのが本音ですよね。

 

 

 

だけど、なんでか分からないけど、

みんな今年を区切りたがるわけで。

ぼくも、そろそろ今年の上半期を反省しないといかんなぁと思ったり。

下半期、さらには来年のことを考えて動かないといけないなぁと感じています。

 

「 へへへ ふふふ 」

 

ん、なにかが笑っている。

 

 

 

 

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てなもんで、本日はこちらのことわざについて、

勝手に自由に考えていこうかなぁと思います。

 

どうして鬼に笑われないといけないんだろう。

どうして来年のことを言うとやつらは笑うんだろう。

鬼ってやっぱり、シマシマのパンツを履いてるんだろうか。

角が1本の鬼と、角が2本の鬼はどっちが身分が上なんだろうか。

健康志向の鬼は、牛乳よりも豆乳を好むんだろうか。

もはや、鬼じゃなくても豆を投げつけられたら嫌だろうに。

めっちゃくちゃ怖い鬼のことを、鬼鬼怖いというんだろうか。

 

 

 

…考えれば考えるほど、疑問はとまらないのですが答えは出ないものばかり。

 

 

どうでもいいですよね。うん、ごめんなさい。

 

 

先日、インターネットの質問板で、見つけた書き込みです。

 

ーーーーーーーーーー

 

ぼくは小学校です。

 

生きることに興味がなくなってしまいました。

 

自殺したいと思っています。

 

どうしたらいいでしょう。

 

ーーーーーーーーーー

 

こんな感じのことだったと思います。

それを読んで、ぼくが小学校の頃は、どんなことを考えていたか振り返りました。

 
生きることに興味があったかって言われたら、そうでもなかったかもしれん。

 

ともだちと学校で遊ぶのは楽しかったし、

家に帰って木曜日の夜はポケモンのアニメを楽しみにしていた。

だけど、そう、そんなに「生きる」ということには興味が無かった。

 

「生きる」という行為自体が、あまりにも当然のことだったし、

義務教育を受けているだけで日々が過ぎていく。

将来のことなんて何も考えておらず、

3.2.1.ゴーシューッ!とさけんで、ベイブレードをまわしていた。

 

 

あの時のぼくは、もっとほかに興味のあることがたくさんあった。

 

 

【どうしてぼくは生きているんだ】という、

つまらないテーマの小説を読むぐらいなら、

ズッコケ三人組を読んでいたかったし、

ゾロリの最新刊を楽しみに待っていたかった。

 

 

質問主の少年にはたくさんの答えが寄せられていて、

もっと気楽に考えて生活をしていこうよという提案から、

命の大切さを教えてくれるような話、

なかには、病院への診察をすすめるコメントもあった。

 

どれも正しい、人生の先輩からの助言だと思った。

 

 

「 へへへ、ふふふ 」

 

あ、何かの笑い声が聞こえる。

 

鬼だ。鬼が少年を笑っている。

 

 

 

 

【来年のことを言うと、鬼が笑う】

・これから先の分からないことを、あれこれ言っても仕方ないという意味

 

 

 

ぼくも、いてもたってもいられずコメントを書いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

明日、とつぜん死んでしまうかもしれないし、

明日、最高に面白いものに出会えるかもしれない。

生きることに興味がどんどん湧いてくるかもしれない。

 

これからの人生どうなるかなんて、全く分からないんだから、

自分でわざわざ命を落とす必要なんてないんじゃないだろうか。

 

趣味が「面白いもの探し」って言えたら、なんか、ほら、かっこいいじゃないですか。

 

ーーーーーーーーーー

 

 

正しいことを言えたなんて思わないけど、

なんとなく書いてしまった。

 

ひとりの少年の命の話なのに、

かっこいいかどうかなんて話をしてしまった。

 

だけど、なんか、

鬼が笑っているような気がしたんです。

 

 

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嘲笑のように馬鹿にした笑いじゃなくて、

「何言ってやがんだ、この若造は」と顔に出た笑い。

 

ぼくも、まだ24年そこそこの人生で何も言えない立場だけど、

なんとなく鬼がそうぼくに書かせた。

 

 

生きることを考えるより、

明日がどうなるかもっとワクワクしようよ。

 

 

来年のことを言うと、鬼が笑う。

 

この言葉の意味と、ぼくの解釈が正しいかどうかは知りません。

テストで書いたら×されるかもしれないので、気を付けてくださいね。

 

 

でも、ほら、あれじゃないですか。

人に対して使う言葉は、

良い方向に何かを動かす力があるほうがいいじゃないですか。

 

 

銀行の仕事で、毎日たくさんの人生の先輩方とお話をするんですが。

 

どの先輩も、先のことよりも、毎日を必死に生きてきたと言っていた。

必死に生きるというのは、一生懸命楽しむってこと。

 

 

しんどいことのほうが多いけど、

楽しいことが見つかった時に、

人生はとっても素敵に見えてくるのよ。

 

ぼくが、この前、お客さんからもらった金言です。

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ~不安だ。人生が不安だ。

 

今やっている仕事が、ずっと続けられるか分からないし、

勉強していることが、夢に繋がっているのか分からない。

 

なりたいよ、なりたいよ、なりたい人になりたいよ。

 

あぁ~~~~~

 

 

 

…でも、鬼に呆れられる前に、明日をもっとワクワクしよう。

 

 

 

 

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父の日は、パパの日。【ショートショート】

 

 

子どもから贈られるプレゼントは、一生物だ。

それが食べる物なら、包装紙だけでも置いておきたい。

手紙なんかが入っていたら、ファイルにしまって何度も読みたい。

たとえば、娘が大きくなって、反抗期になって、

いっしょにいたくないって言われても、

そんなときは、もらった手紙を読みかえす。

そうすれば、あの頃の娘がそこにいて、

反抗期だっていつか終わるときがくるし、

気づけばドラマのように結婚式で泣きじゃくるのだろうなぁ。


娘が幼稚園に通いだして、最初の父の日前夜。

はじめて父の日というものを教えてもらって、

なにかをパパにプレゼントしようと先生は娘に言うだろう。

言ってくれるにちがいない。


だって、ほら母の日には、

しっかりきれいなお花を作って帰ってきたではないか。

誕生日よりも、わくわくしてしまうのは、

「パパおめでとう」よりも、「パパありがとう」と言われたいからだ。


 感謝されたいわけじゃないけど、

「ありがとう」と娘に言ってもらえる期間は限られているはずだ。

もしかしたら、うちの娘の反抗期だけ来年くるかもしれない。

 

 

 

男は、すごくその一日をソワソワしていた。

 

 

 

仕事を終えて、家にとんでかえる。

娘が寝てからじゃダメだ。

父の日は、今日しかないのだ。

何度も言いたくなるのは、

もしかしたら、うちの娘の反抗期だけ来年にくるかもしれないという不安である。

 

 

「パパおかえり~」

 

 

いつものように、娘が言ってくれる。

いつものように、ぼくは娘に言う。

 

 

「まな~ただいま~」

 

 

いつもなら、妻にもおなじように言葉をかけるのだが、

今日はすこし焦っているのだ。

ネクタイを外して、カッターシャツを脱いで、部屋着になって、

おとなしくすんなりと定位置に座る。

普段なら、もうちょっとダラダラと動くのだが、

今日は2倍速である。

そして聞えてくるあの言葉。

 

 

「パパいつもありがとう」

 

 

娘の手には、一枚の紙があった。

あぁ、オヤジよ。田舎のオヤジよ。

ぼくは、こんなにしあわせな瞬間がくるなんて思ってもいなかったよ。

普段の仕事でのストレスなんて、もう忘却のどこかへ、そう、彼方へ消えたよ。

 

妻も、ほほえましく娘とぼくのやりとりを見つめている。

あぁ、妻よ。愛する妻よ。

今日だけは、普段以上にぼくのしあわせに同感してくれたまえ。

ぼくのフィギュア収集の趣味には無関心の君も、

父親としてのしあわせには全面的に同感してくれたまえ。

 

 

「なんだい?」

細く細くなった目で、ぼくはニヤけながら娘に聞いた。

 

 

「今日は、父の日だから。はい!パパにプレゼント!」

 

 

「なになに?え~っと…」

 

 

娘に渡された紙には、こう書かれていた。

 

 

 

くらぶ まな

でんわばんごう 06-××××ー〇〇〇〇

ぱぱだいすきだよ♡また来てね♡

 

 

「パパがおへやでだいじにしてるやつ、まなもあげるね。パパいつもありがとう」

 

 

 

それは、まぎれもなく、

幼稚園児がかいたキャバクラの名刺だったのである。

 

 

 

「…まなちゃん、そろそろオヤスミしよっか」

 

 

妻が、空間を切る。

 

 

「もうちょっと、夜更かしもいいじゃないか」

 

 

ぼくの言葉は、弱く弱くこぼれた。

 

 

その日の会議は、

ながくながくリビングで続いた。

「死ね」って言われても、死なないよ。

 

「死ね」と言われて、どんな顔をしたらいいのでしょうか。

なんと答えたら、いいのでしょうか。

 

 

『いじめ』について、真剣に考えている。大学生になって、会社に入って、心底思うことが、いじめがない空間が、どれだけ素晴らしいことなのかってことだ。それだけで、ものすごい幸福感を得て生活をしている。

 

たくさんの友達や、先輩後輩にかこまれて、毎日すんごいしんどいくせに幸福を感じれていられるのは、『いじめ』がそこには一切ないから。それに尽きると思うのです。

 

 

 

中学生のころに、水泳をやっていました。

 

話はとつぜんに。

 

毎日、練習に行って、まわりの人たちに「死ね」と言われ続ける数年をすごしました。そいつらの中で、内部分裂が起きたりもしていて、居場所をなくした人間が、ぼくに話しかけてくる日もありました。

数日したら、また仲直りしたのか、一瞬のともだちは「死ね」を言ってくる人間になりました。

 

 

ぼくは、泳ぐのが下手でした。まわりの人達より、タイムも遅くて。そして、太り気味だったのでからかわれて。いつのまにか、それが「死ね」にかわっていて。

スヌーピーとプーさんに似ているから、スヌープーと言われていたこともあるし、長州小力が流行っていたので、小力と言われていた時期もあります。

 

 

余談ですが。

 

流行り廃りがあるなぁと思うのが、長州小力という悪口が、いまはサブいですよね。

でも、スヌーピーとかプーさんは普遍的な存在だから、いまも使える悪口なんだと思います。

 

余談でした。

 

 

ぼくは、2005年のM-1グランプリが大好きです。その年に優勝したのはブラックマヨネーズなのですが、入場してくるシーンがものすごくかっこよかったんですよね。

 

『 モテない男たちの逆襲 ブラックマヨネーズ 』

 

こんなキャッチフレーズだったのですが、別にモテたいとかそんな感情があったわけではなくて。ハゲとブツブツというコンプレックスを前面に引き出したVTR。どうせ、コンプレックスだけを笑いにしているんだろうなぁと、当時のぼくは思っていました。

 

 

だって、その頃のぼくには、スヌープーと言われても、小力と言われても、ヘラヘラするしか方法が無かったから。

ここで、小力のモノマネでもしようもんなら、周りは爆笑だったのだろうけど、悪口として言われたことを受け入れてしまうことはどうしてもできなかった。

だから、親が与えてくれたスヌーピーのタオル入れも破いて捨てたりしてました。

 

 

でも、ブラックマヨネーズはちがった。見ていて、もう爆笑した。4分ぐらいのネタが、ずっと笑いっぱなし。オチにすこしだけコンプレックスを混ぜ込んでいたけど、そんなのどうでもいいくらいに圧倒的に面白かった。

 

お腹が痛いぐらいわらって、観終わった感想は、「おもろい」よりも「かっこいい」が大きかったのを覚えています。ビデオに録画していたから、何度も何度も再生した。

 

 

「そうだ、面白いことは、かっこいいんだ」

 

 

水泳のタイムがはやいのがどうした。くそったれが。

そんなことよりも、面白い人間のほうがよっぽどかっこいいわ。

毎日「死ね」と言われることが当たり前の日常を、その漫才は否定してくれた。

どうして、ものさしを1つしかぼくは持てなかったんだろうか。

それから、世界は大きく開いていったことを覚えています。

 

 

 

お笑いがもっと大好きになったし、ラジオを聴くようにもなった。今まで、単純に笑うためだけに見ていたガキの使いトークを、笑いの勉強のために見るようになった。

 

スポーツをやっていたり、勉強を頑張っていたりすると、それができない人に対して嘲笑の目が向けられる空間があったりしますよね。スクールカーストとかそういうやつは、もっとひどくて、外見とか「なんとなく」とかそんな感じだったりする。

 

「死ね」と言われる理由を考えているとき、ぼくは自分が泳ぐのが遅いからだと勝手に解釈をしていました。あとは、すこし太っていたから。

 

でも、なんでそんなことでイジめられないといけないんだろうか。

 

おもろい=かっこいい という、ものさしを持てた瞬間、「死ね」としか悪口が言えない相手が、すごくレベルの低い人間に思えて仕方なくなってきたりしました。肩パンという行為で、人の腕にあざを作ることしかできない人間は終わっていると思えるようになりました。

 

それから、1年ぐらいでぼくは水泳を辞めたんです。

山口百恵のように、ゴーグルをプールサイドに置くことはしませんでした。

だいたい、みんながもらったりする色紙は、ぼくにはありませんでした。

 
どうでもよかった。
 
あのプールサイドは時間がとまっている。

 

きっとぼくがいなくなっても、また同じように、くだらないものさしで人を判断して誰かが「死ね」と言われていくだけなんだ。そんな場所に、いる必要なんて、ひとつもなかった。

 

高校生になって、大学生になって、社会人になって、「死ね」と言われなくなっている。生きていることを肯定もされないが、否定されることもなくなった。ぼくは、プールサイドを抜け出して心底よかったと思っている。

 

 

生きていることを否定されないということは、本当にしあわせだ。

誰かと会って「死ね」と言われないことは、本当に最高だ。

 

 

もし、あの頃のぼくと同じようにプールサイドにとどまっている人がいたら、今すぐにでもゴーグルを置いて抜け出してほしい。百恵ちゃんのように華やかな終わりかたなんかしなくていい。かっこ悪くたってかまわないし、周りになにを言われようが関係ない。

 

 

そういえば、大学生の頃に、

知人に「〇〇って、スヌーピーにちょっと似てるよね」と言われた。

 

「ほんまに?まぁ、たしかに似てるかもしれへんなぁ」

と答えて、話はスヌーピーの話題で盛り上がった。

 

ふしぎだ、あの頃と全然違う。

でも分かる、分かるんだ。悪口かどうかなんて、すぐ分かる。

ぼくはその時に、心の底から、いまいる場所が幸福なんだと気づけました。

 

 

2005年のM-1グランプリが、ぼくの人生を変えたように、

人それぞれに人生を変える何かがあるんやないかと思うんです。

だから、ぼくも何かを生み出せるような仕事がしたいんだなって思うんです。

 

 

…あぁこれを就活で言えば、人生変わってたかもなぁ。

なんてね。

 

 

 

 

最後に、本当にいちばん言いたいことを。

 

人は、「死ね」と言われた人間の顔を一生覚えている。

 

いまでも、夢でその顔が浮かぶことがあります。

周りの人から、そいつらの話を聞くことがあります。

ただただ願うことは、そいつらの人生が失敗すればいいということだけです。

いまのとこ、誰一人オリンピック選手になっていないことが、最高にうれしいです。

 

 

あれ、そんなことを言ってしまったら、

さっきまでのやさしい感じが台無しじゃんって思ったりしますか?

 

 

それだけ、『いじめる』という行為は酷いものだということを、分かってほしくて。

 

 

気分を害してしまったらごめんなさい。

 

 

あぁ、どうしよう。

 

 

そうだ。

 

 

ブラックマヨネーズの漫才をみて、

笑ってください。

 

 

youtu.be

 

 

 

 

笑いの趣味は人それぞれなので、

ハマらなかったらごめんなさいね。

黒の、わ3。

 

和食をいただきに、靴をぬぐ。

その日は、けっこう人が来ていて、

あいてる靴箱を探すことからはじまった。

 

新幹線の指定席とはちがって、

靴箱は自由席です。

 

おなかの調子も、そんなに良くなかったので、

やさしい味付けの御膳をたべたいなぁって思ったりしながら。

 

そんなことより、靴箱靴箱。

 

あ1 ひ2

ひらがなと数字を追っていく。

 

 

ようやく見つけた。

黒の、わ3。



https://www.instagram.com/p/BU5MmPxgjOD/




あ、なんだか、

クロワッサンが食べたい気分。

とか言いながら、

和食を食べた夜がありました。

 

『帰りたくて、家』

 

電車がしんどい。

人がたくさん乗っていれば、乗っているだけしんどいね。

まわりの人たちも、おんなじことを思っているだろうね。

 

ぼくも、満員電車のひとり。

だれかが掴みたいつり革を、必死に手放さないで揺れている。

 

電車がおくれると、

たくさんの人たちイライラしてくる。

なんとなぁく、ホームが居心地の悪い感じになって、

イヤホンをして音楽を聴いていても晴れない。

 

 

おっさんがキレている。

駅員さんをつかまえて、ストレスを思い切り発散させている。

ぼくのイヤホンを通りこして聞こえてくる怒声。

 

会社でうまくいってないのか、

夫婦仲がいまいちなのか知らないけど、

キレたおっさんほど、周りの気分をわるくする生物はいない。

 

1位 キレたおっさん

2位 頭の上をグルグルまわる虫

 3位は、う~ん。家で出くわす何かしらの虫にしておこう。

 

 

その日の遅延は、沿線火災だった。

線路の近くで、火事があったから電車は一時停止。

火がおさまるまで、足止めをくらったというわけで。

 

もちろん、沿線火災なので、

ほかの電車は動いている。

振替輸送もあるから、別ルートで帰宅だってできるのだ。

 

 

なのに、おっさんはキレることをやめない。

ただひたすらに、駅員さんに何かを語っているのだ。

 

 

どうして、おっさんはこんなに怒っているのだろうか。

 

仕事が終わって、ヘトヘトなのに電車が来ない。

だから怒っているんだろう。たぶん。

 

その先に待っているものは、晩酌やテレビ、風呂といった時間だろうな。

おおまかに言うと、家に帰りたくて仕方ないのだ。たぶん。

 

つまり、おっさんはホームシックなのである。

お家に帰りたくて、帰りたくて仕方ないから、

駅員さんにその辛さをぶつけているのである。

 

 

 

野球中継がみたくて、焼酎をのみたくて、風呂に入りたくて、

俺の叫びを聴いてくれ! 『帰りたくて、家』

 

 

イヤホンをつけて、音楽を聴いているから、

本当のことは分からないけど、

とりあえず大体の人がキレている理由なんてこんなもんだ。

 

あとはちょっとの、

仕事がうまくいかないとか夫婦仲がいまいちとか、

そういうスパイスが効いているそれだけなんだ。

 

 

いい年した大人が、

ホームシックで駄々をこねている。

 

そう思ったら、なんだかおかしく見えてくる。

むかしやってた水泳の合宿で、

家に帰りたいと泣いていた少年とほとんど同じだ。

 

 

それからしばらく、

おっさんの『帰りたくて、家』を聴いていたと。

というより観ていた。

 

 

電車はようやく到着して、新快速は動きだした。

もうそれはそれはギュウギュウである。

 

いつもの駅に到着したら、

ホームにはこれまた沢山の帰宅人がいた。

ぼくの乗ってきた電車を待ちにまった人たち。

 

 

降りた人が作ったスペースに、

これでもかと乗る人がなだれ込む。

 

 

もう乗れないだろって状態のところへ、

タックルのように乗り込んだおっさんがいた。

そして、そのタックルを思い切りくらったおっさんがいた。

 

あまりの勢いに、カチンときたのか、

タックルをくらったおっさんは、

相手をつかんでホームへ投げた。

 

くびねっこを掴んで、

柔道でいうとこの大外刈りをきめていた。

 

 

ケンカである。

 

 

『帰りたくて、家』が脳内に流れてくる。

ぼくのプレイリストにそんな曲はないけど、もう何度目のリピートだろうか。

 

 

とっくみあいの二人をホームにのこして、

満員の電車はゆっくりと出発をした。

 

 

 

改札へ向かうぼくの横を、

猛ダッシュで駅員さんがすれ違っていく。

 

 

駅員さんだって、

はやく家に帰りたいんやろなぁとか思ったりする。

 

人間は、すごく単純なことで怒っていると仮定すると、

おバカに見えてくるから面白い。

 

これからは駅でキレているおっさんは、

ホームシックであると定義づけしてみてください。

『帰りたくて、家』が聴こえてきますよ。

 

 

Ca va ?

 

文学部の大学生だった。

特に、やりたいことが明確にあったわけではなく、

なんとなく本を読んだりするのが好きだから選んだ。

 

 

社会学を専攻していたので、

フジロックの映像を眺める授業があったり、

ディアハンターというロバー・デニーロ主演の名作を、

息をのみながら鑑賞する授業があったりした。

 

テストは基本的に論述だけど、

世の中の事象を、

その授業なりの解釈で書けばよくて簡単だった。

 

 

そんな大学生活で、いちばん苦労したのは第二外国語の授業だった。

 

 

ぼくの大学で第二外国語は、4つ選択肢があった。

 

韓国、中国、ドイツ、フランス

この4か国の中から学生は選択して、2年間ぐらい授業を受ける。

 

 

どうしよう、どれも勉強したくない。

英語はちょっとだけ喋れるようになりたいけど、

そのちょっとだけ喋れるようになれるまでに、

ほかの言語を勉強する余裕があるわけがない。

 

 

ともだちと色々相談して、

いちばん単位取得がかんたんなものを選ぶことにした。

 

希望順位を提出させられるということは、

希望どうりにいかない人も出るということ。

 

 

韓国 中国 ドイツ フランス

 

この順番で提出をした。

ドイツ語とフランス語は、

男性名詞、女性名詞とかがあって非常にややこしいと聞いたからだ。

 

 

勉強したくない科目なんだから、

簡単に取得できるものに限る。

 

希望理由は、用紙にみっちり書いた。

なぜ韓国語を学びたいのか、そこで学んだことをどう活かすのか。

けっこうな時間を割いて、書いたのを覚えている。

 

 

 

 

そして、数日後。

 

ぼくは、フランス語の教室にひとりで座っていた。

フランス語で自己紹介を、ぼっちでしていた。

 

仕方ない、ぼくの書いた希望理由がダメだったのだ。

ともだちは、白紙で出したのに韓国語のクラスにいた。

 

文句は言いたくない。

ぼくに運がなかったのだから仕方ない。

そんな気持ちで、ひとり座っていた。

 

ただひとつ、たったひとつ。

どうしても消化しきれていないことがある。

 

 

 

それは何かって、

 

 

ぼくが受講していたフランス語の先生が、

なんでか分からないけど、

韓国の人だったということなんですよね。



複雑な心境だった。


学びたい言語を、教えてくれるはずの先生がぼくにフランス語を教えている。


 

複雑に入りくんでて、

男性名詞、女性名詞どころじゃない心持でした。

 

 

 

 

Ca va ?


 

みなさんお元気ですか?


それでは、いい休日を。


唯一、覚えてるフランス語でした。