得も損もない言葉たち。

日常をひとます、休まず。

あなたのクスッとをください。

午後9時の妖精。

 

不思議な位置関係だ。

 

 

なにかが起こりそうな気配を感じとって、

数人がおなじように立っている。待っている。

 

 

それは、ネットの情報で、

ゲリラLIVEの場所を嗅ぎ付けたファンが、

「そろそろ来るんじゃないか…」と待っている様子にすこし似ている。

 

話すこともしないが、

それぞれがなぜそこにいるかは分かっている。

 

ぼくも、待っている。

 

閉店を15分前にひかえた食品売り場は、

そわそわが止まらない。

ちらちらと周囲を見渡しつづける。

 

 

店員さんが、たった一枚の黄色のシールを貼るだけで、

その一瞬で商品の価格は半減する。

 

 

まるで、魔法だ。

『半額』と書かれたシールを貼ったとたんに、

たくさんの手が伸びて、一瞬でお寿司は売り切れる。

 

さっきまで、ぜんぜん知らないフリをしていた人が、

とおい野菜売り場から、カートをとばしてやってくる。

 

 

負けてたまるか。

いそいで手をのばす。

 

 

なんのためらいもない。

1000円のものが、500円で売られていたら、

すこしぐらい怪しんでもおかしくないけど、

今回の場合は、話はべつだ。

 

たった一枚シールを貼っただけ。

1秒で、お寿司が半額になった。

理由は、閉店が近いから。それだけ。

知っているんだ、それが1000円だった時の輝きを。

 

 

妖精のように、

店員さんは売り場をめぐり、

たくさんの商品を半額にしていく。

 

主婦の目は、血走る。

ラディッシュと紫キャベツを買っているような奥様でさえ、

おどろくような手の動きだ。

 

 

そして、さっきまでガラ空きだったレジに、

突如として長蛇の列ができあがる。

 

みんな一様にして、妖精の恩恵をうけていて、

レジ打ちのお姉さんは当然のように50%OFFのボタンを押す。

 

勝ち誇った顔をして、

おおぜいの人間が店を出ていく。

 

大きなレジ袋をもって、

割り箸を人数分もらって。

 

 

ぼくも、割り箸を2本もらって店を出る。

ひとりで食べるんだけど、

半額だからって欲張ってしまった。

2パックも買ったお寿司をひとりで食べると思われるのが恥ずかしかった。

 

 

そんなところで恥ずかしさを感じるよりも、

そわそわしながら妖精の出現を待っていたことのほうが、

よっぽど恥ずかしいことに気付く。

 

 

次は、しっかり割り箸はひとつだけもらおう。

せめて、いさぎよくあろう。

 

てなことを考えながら、蛍の光を背中に感じて帰る。

 

 

 

うん。

 

 

午後9時、お寿司売り場には妖精がいる。

 

 

どうせ切れちゃう充電なので。

 

電動自転車の電池が、あっというまに切れる。

 

支店を出て、ひとつめの信号をわたるときには、残量はメモリが1。

もうすこし先の、みじかい橋を渡るころには、電池は0。

ECOモードを押して、スタートしても何も変わりがない。

気づいたころには、自転車を押しながら坂道を登っているのです。

 

だから、最近、充電するのをやめることにしました。

 

きっと、最初の数メートルが軽いから、

充電が切れた時の反動がでっかいのだなぁ。

 

 

あっ、もしかしたら、

日々の生活も充電をするから、

その反動がしんどいんじゃなかろうか。

 

 だったら、休むことを変えよう。

 

座椅子という充電器に、じっと座って一日を過ごすことなんてやめよう。

たのしいことをしよう。

 

いま、一日この部屋にいることはとっても楽だ。

体力もまったく削れないし、食べ物を買い込めば、

もう他に何もいらない。

 

 

疲れているから、充電しなきゃ

そう思って、部屋にこもってるんだけど、

次の日はどうせすごくしんどい。

 

月曜日の朝には充電は切れる。

 

充電するのをやめよう。

しんどい一週間だったなら、

つかれる休日をすごそう。

 

ヘロヘロになって帰ってきて、

充電器に戻って来よう。

 

どうせすぐに、充電なんて切れるさ。

 

疲れること、充電が切れることを理由に、

たのしいことから逃げないように。

ただただ、たのしいことをしよう。

 

充実感のある休みは、充電切れの休みでもあるのかもしれない。

月曜日の朝に後悔しても、

数日後には、その休みの思い出があなたを元気にしてくれるかもしれません。

 

なにかの足しに、できればそれで。

 

 

血液3本分の解放感。

 

朝は、いつもより1時間もながく寝てからの出勤。

寝坊ではなく、夜の段階で目覚ましを一時間ずらす。

金曜日は、最高の朝であった。

いったいどうして、朝寝坊して出勤できたかというと、

朝いちばん、健康診断に行けと会社に指示されたからです。

 

 

一度、会社へ行ってから向かうという方法もあるですがね。

しょうがない、朝いちばんに会社が行けと言うのだから、

いつもより一時間長く寝てから家を出ることにしたわけです。

 

 

こんな朝は、しっかり朝ごはんを食べて、

新聞を読んで、ニュースにも目をやり、

珈琲なんかをたしなんでスーツに着替えたい気分。

しかし、残念。

塩分、糖分をあまり摂取して、

なにかに引っかかったら、色々ややこしいのです。

 

だから、とっても残念だけど、ぎりぎりまで寝るしかなかったのですね。

あぁざんねんだ。しあわせだ。

 

 

余裕に、余裕をもって、健康診断へ。

 

 

身長体重をはかる。

最近のやつは、身長を測るあいだに体重も測られている。

自動であたまの上にバーがおりてくるのを、検査院の女性が見守る。

そして、昨年度からの変化を教えてくれる。

だいたいの人は、身長の話はされない。

 

成長期をとうにすぎた大人にとって、

変化がおきるのはカラダの重みだけである。

タテには伸びずに、横に増えるだけなのです。

 

「ちょっと体重が増えているので、気をつけてくださいねぇ」

 

機械的なお姉さんのお話。

測定結果を見ると、たしかに3キロぐらい増えている。

だけどお姉さん、5ミリぐらい身長も伸びてるじゃないの。

 

大人にとって、3キロ増えることよりも、5ミリ伸びることのほうが、

ずっと珍しいことだと思うんだけどなぁ。

たしかに体重は増えてるよ。増えている。そうだな、痩せないとな。気を付けよう。

 

 

そこから、胸のレントゲンなんかをとったり、トイレで何かを採取したり。

あとは、聴力検査に視力検査。

 

 

ベッドに横になって、

カラダ中に、布団を干すときの洗濯ばさみを挟まれる検査もあった。

胸のあたりには、ペタペタとなにか吸盤をつけられて。

あとは、ジーッと天井を見上げる検査。

 

なんだろう。

 

すこしだけSF映画に出ているような気分なんだけど、

自分で表現してしまった「布団用洗濯ばさみ」が台無しにしている気もする。

結局、なんのこっちゃなく検査は終了。

はだけたシャツをなおして、次の場所へ行かされる。

 

 

 

そして、とうとう、

採血の部屋へとやってきたのです。

ぼくだって、もう立派な大人だ。

 

お会計はクレジットカードを使うし、

 

銭湯にひとりで何にも持たずにいけるし、

 

新聞はテレビ欄以外をちゃんと読んでいるし、

 

誰かに人生相談をされても無責任なことは言わないし、

 

髭だって毎日ちゃんとしっかり剃っている、

 

眠たい日は寝転びながらネクタイを結ぶこともできる。

 

 

だけど、やっぱり、

腕に針を刺すのは緊張してしまうじゃないの。

どんなにそんなに、痛くないって分かっていても、

どうしても緊張してしまう。というか、怖い。

 

ベンチには、他にもぼくと同じような大人がたくさん並んでいた。

 

採血を担当している看護婦さんが3人いる。

 

物静かに仕事をこなす仕事人、

まだ手際がぎこちないルーキー、

そしてパフォーマンスが豊かなベテラン。

 

 

ここは、ルーキーはお断りしたい。

分かっている、最初はみんなそうだったことは。

でも、こんなに大人がいるんだから、

ぼく以外の腕で練習してもらえたらなぁと心の中でお願いする。

 

 

「大丈夫、大丈夫やで~」

 

大きな声が聞こえてくる。

ベテランの看護婦さんの声が聞こえてくる。

 

 

「はい!力をぬいてやぁ~、そんな緊張せんと

 わたしの目を見といてくれたらおわるから~

 ほら、あと一本、血ちょうだいねぇ~ そんな痛くないでしょう?」

 

 

ベンチに、どことなく緊張感が走った気がする。

あんなに大きな声で話されるとは、

もしかしたら、とても痛いんじゃないだろうか。

子どもときに、予防接種を受けにいったときに、

看護婦さんがよく話しかけてくれたけど、

めっちゃ痛かったのをしっかり覚えているぞ。

 

しかも、なんだろう。

 

ビクビクしていることが、あれじゃ丸わかりじゃないのよ。

 

さっきも言ったけど、

お会計はクレジットカードを使うようなぼくなのに、

あんなに話しかけられたら、

周りの人たちはぼくの壮絶なビビりっぷりを想像するに決まっている。

 

そうなると、出ていくときにバツが悪いし、

おなじ会社の人なんかがいた時は、

どんな顔をして挨拶したらいいのか分からない。

 

 

散髪屋で、じぶんが希望しているおじさんが周ってくるのを祈った小学生時代と、

おなじように天明を待つぼくと、たくさんの大人たち。

 

「〇〇さ~ん」

 

 

名前を呼ばれて座ったそこには、

必殺仕事人がいた。

 

物静かに、力を抜いてくださいと言われ、

針が一瞬のうちにぼくの血管をつく。

チクッとしたけど、あとはボーっと自分のぬかれていく血液を眺める。

 

あぁ、こうやって殺してくれるなら、悪代官をやるのもわるくない。

中村主水に切られるよりも、ずっといいぞ。

 

となりからは、やっぱり、

「大丈夫、大丈夫やで~」が聞えてくる。

 

 

採血が終わった。

 

ちょっとだけカラダが軽くなった気がする。

気持ちのいい解放感だ。

たぶん抜かれた血液3本分の重さに違いない。。

 

 

注射が怖くて、

その緊張から解き放たれた、

そんな情けない解放感では絶対無いのである。

 

 

おなかが鳴る。

朝から何も食べていない。

そうだ、でも、気を付けよう。

 

なんてたって3キロ太ったんだから。

5ミリ伸びたけどね。


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今夜は、明日の前夜。

 

就職前夜、結婚前夜、退職前夜。

前夜という言葉が好きだ。

 

何かが起こるまえの夜。

どんなことを考えて、どんな音楽を聴いて、

どんな本を読んで過ごしているのか。

考えるとすごく楽しい気分になる。

 

結婚前夜の家で食べるごはんは、

はじめて夫婦で食べるごはんよりも忘れられない気がする。

 

明日からの仕事でドキドキしながら読んだ本は、

初日の帰り道に読んだ小説より忘れられない気がする。

 

 

今夜は、明日の前夜。

 

そう考えたら、べつに明日の予定が白紙でも全然いいような気もしてきた。

明日、たとえば突然プロポーズされるとしたら。

明日、たとえば誰かの目にこのブログがとまったら、

今、この時間は一生忘れられない前夜だったことになる。

 

だから、なにを食べたとか、どんなことを考えたとか、

いちいち覚えておきたい。いちいちです。

 

もしかしたら今日書いたことが、

ぼくの人生が変わる日の前夜に、

考えたことかもしれない。

 

わくわくしてきた。

なにもないのに、遠足前夜のような気分だ。

 

ちなみに、

晩ごはんは、野菜を多めにいただきました。

 

いわゆる今夜は、

健康診断前夜なのです。

はなれていく、青い色のなにか。

 

駅のホームに、彼女はいた。

たくさんの人たちが、仕事へ向かう朝の駅。

ちょっと肩がぶつかっただけで、睨まれたり、舌打ちが出たり。

春のあたたかさが、まだ、朝のどんよりとした気分をかき消してくれるけど、

これが梅雨になると、もう最悪の一日がはじまっていく。

夏になると、ほとんどの人がハンドタオルを片手に、吊り輪をつかむ。

 

 

四季折々のサラリーマンが一年を通して行き交う駅に、

彼女はひとりベンチにいた。

 

 

 

ヨーグリーナがひとり、ベンチに座っている。

まだ、ひとくち飲んだぐらいで、ほとんど中身の入った彼女。

 

たくさんの人が殺気立つ駅に、

そこに座った誰かに、忘れ去られたヨーグリーナ。

 

駅の改札をぬけて、階段を上がったところで彼女をみたとき、

そこだけ時間が止まっているような感じがした。

まぁ、ほんとうに何も動いていないから、時間が止まっているんだけど。

 

「もったいないなぁ」って思うより先に、

なぜか、そのポツンと置かれたペットボトルに色気を感じてしまった。

それは、ヨーグルトの風味が香る飲料水だったからなのかもしれない。

たとえば、ビックルだったらちょっと違う感覚になったのかも。

 

 

ちょっとおしゃれなことを言っているが、

これが普通のおっさんがブチュって唇をつけて飲んだペットボトルだったら、

もうそれは最悪な置き土産でしかない。

できれば、きれいなお姉さんの忘れ物であってほしい。

 

 

持ち主は、いったいどこで忘れたことに気付いたんだろう。

つぎ、喉がかわいた時に、カバンの中にヨーグリーナがいない。

さっき買ったばっかりで、一口しか飲んでないのに、

どこかに忘れ去ってしまったことに気付く。

 

「あ、忘れてきた」

 

きっと、それぐらいの話で、

自販機やコンビニはそこらじゅうにあるから、

もう一本、おなじ飲み物を買うか、

生茶のあたらしいやつを買うか自由だ。

 

置いてけぼりになったペットボトルが、

あんなにも寂しそうに誰にも触れられず、

駅のベンチに座っていることは考えないだろうなぁ。

 

 

 

昨年、夏の休日。

ぼくは神戸に向かう電車を待っていた。

とってもあつ~い日だったので、つめた~いポカリを駅のホームで買った。

 

 

なんとなく、ポカリを飲んだら水分が体にいきわたる気がするから不思議だ。

小さいころ、水泳終わりにいつもアクエリアスを飲んでいたが、

母はインフルエンザになるとポカリを買ってきた。

どうして、違いがあるのか色々考えたけど、

やっぱり母も、なんとなくだと思う。

 

 

電車を待ちながら、ポカリをひとくち。

スマホをひらいて、

ツイッターでくだらんことをつぶやく。

覚えてないけど、つまらないことだけは分かる。

なぜって、つまらないことしか書いていないから。

 

保冷剤しか入っていない冷凍庫には、

どんなに期待して帰ってもハーゲンダッツは入っていないもんね。

 

 

 

新快速がついた。

休日のお昼、いちばん後ろの車両に乗る。

友だちとの約束の時間より、ちょっと早く着きそうだ。

 

 

ぼくは、動き出した電車の、いちばんうしろから景色を眺めていた。

 

ん、さっきまでぼくが座っていたベンチに、

青い色のなにかが置いてある。

 

バンに手をやった瞬間に、

その青い何かが、ひとくちだけ飲んだポカリだったことに気付く。

 

気付く。気付くんだけど、電車はもう動いている。

 

さっき、5分ぐらい前に自販機で買ったところのポカリ。

ほとんど、からだに水分を行き渡らせることなく、

その役目を終えたポカリ。

 

 

ポカリを忘れたなんて理由で、電車は止められず。

ポカリを忘れたなんて理由で、友だちを待たすわけにもいかない。

もったいないなぁって気持ちもあったけど、

それよりも、なんだか切ない気持ちになった。

 

 

目の前に、ぼくの買った飲み物がある。

まぎれもなく、さっきまでぼくのところにあった物が、

じょじょに離れていく切なさ。

ポツンとのこされた青い色のなにかをボーっと見つめる。

 

やがて、駅はまったく見えなくなって、

その瞬間、ポカリはぼくの飲み物じゃなくなった。

 

 

 

 

 

駅のホームで、恋人を見送る。

新幹線にのって、恋人に見送られる。

東京に出ていく瞬間の気持ちって多分こんな感じなのだろう。

目の前にいるのに、離れていくもどかしさ。

飛び出して、その場所へ行きたいけど、

どんどん離れていく切なさ。

 

 

ロマンチックすぎるだろうって思いますかね。

嘘だと思って、一回やってみて下さいと言えないことが残念です。

 

 

 

ぼくが神戸について、

ポカリをまた買ったかと言われたら、

たぶん缶コーヒーぐらいを買ったと思うから、

とんだ偽ロマンチックなのだけど。

 

ん~。

ぼくの忘れたポカリに、

色気を感じた人はいたんだろうか。

 

いたとしたら、きっとその人は、

きれいなスポーティーなお姉さんの忘れ物だと思っているんだろうなぁ。

仕方ないよ、

人間って都合がよくてロマンチックなんだから。 

 

 

牛乳石鹸ぐらい、おおきなきんつば。

 

自転車にのって、プラプラと「赤いスイートピー」をうたっている。

坂道をのぼるときには、松田聖子さんに申し訳ないような、

赤いスイートピーになる。

 

 

あぃうぃ~る ふぉろ~ゆぅ~~ うぅ~~~

登りきるまでのうめき声は、

心の岸辺にというより、岸壁といったところである。

 

 

のぼるときは立ちこぎ。

足をついたら負けという自分ルールを勝手に制定してしまったので、

仕方なく自分と遊んでいるのです。

 

 

帰り道は、ヘロヘロと「世界中の誰よりきっと」を歌っている。

もちろん、気分はWANDSではなく中山美穂

いちばん好きなところは、

まぁ~たぁ めぐりあえ~たの~は~ である。

何回めぐりあうのか、それはぼくのさじ加減で、

一日に何度もめぐりあわせを生んでしまっています。

 

 

そんなかんじで、小雨の中、かっぱを着ながらの帰り道。

ぼくのソロコンサートをさえぎるように、おばあさんの会話が飛び込んできた。

 


 

「うわぁ、こんなんボートに乗ってこないとあかんわ」

 

「そうですねぇ~、うき輪も持ってきてくださいね」

 

 

なんの会話だろうか、声のしたほうを振り向く。

整骨院の玄関の前に、とても大きな水たまりができている。

そこを、おばあちゃんがまたごうとしている。


水たまりの大きさを、ボートが必要なぐらいであると表現したみたいだ。

たぶん、「でっかい水たまりやなぁ」だったら振り向いていないと思う。

また、洪水レベルの雨だったとしても、振り向いていないと思う。

 


ボートで来ないといけない。

 


おばちゃんのボケにたいして、

おねえさんのかえしも素早い。

 


うき輪を持ってきてください。

 

 

営業にでて最初に恥ずかしかったのが、

お客様のフリに、反射的に言葉をかえすこと。

何も考えてないように思われたくなかった。


ああ言えば、こう言うというやり取りをしていると、

どんな人に対しても同じように接していると思われるんじゃないかと、

考えてしまった。というか、いまも思っている。

 

 

どこかで、おっ、こいつはちょっと違うなって思われたい。

とくに、銀行員は転勤が多いので、

今回の担当者はちょっと面白いぞって思ってほしい。

だけど、現実はそう上手くはいかない。

何人におなじ話をしても、

全員からおなじ反応がほしい人だっている。

絶妙な空気感で、やりとりを楽しむ必要がある。

 

 

たとえば、ぼくの場合は、

「ボートに乗ってこないといけない」

ってお客さんに言われたらどう答えていただろうか。

 


うき輪なんて言葉を出せていただろうか。

 


明日も雨がふるのかどうか とか、

小学校の時に長靴をはいて飛び込んでいた という話をするだろうなぁ。


でも、お客さんはそんな話をもとめていない時もある。

 

「次は、うき輪をもってきてくださいね」

 

いろいろ考えたら、こうかえすのが一番なのかもしれない。

でも、それじゃあなんだか、味気が無いような気もするんです。

 

どうでしょう。

ノリツッコミにすらなっていないので、

お客さんのボケをほうったらかしにしている気がしませんか。

かと言って、「って何を言ってますねん!」ってツッコむのも違う。

 

 

 

ちょうどいい答えは何か。

お客さんのボケをほうったらかしにせず、

お話をしっかりとできる答え。

 

 

帰りの電車でずーっと考えていたんです。

 

 

最後にぼくが辿りついたかえしを。

 

 

 

「ふふふ。そういえば、北海道の摩周湖って、

 湖じゃなくてでっかい水たまりなんですって」

 

 

うん。これぐらいが、ちょうどいい。

どうでもいいことだけど、

お客さんのお話をしっかり聞いてそのうえで、

ちょっとだけ面白い話を引きずり出してみる。

めっちゃ難しいのだけど。

 

 

たくさんのことを考えて、営業をしているけど、

やっぱりいちばん力をいれるべきところは、

お客さんとのやりとりを、いかに楽しくしてみるかなんだと思う。

 

 

本当に楽しんでもらえているかは分からないけど、

今日は牛乳石鹸ぐらい大きなきんつばを2つももらったから、

今のところは、できていると思っておこう。

 

 

 

花粉症のお客さんから、

「鼻とって歩きたいわぁ~」

って言われたらどうしたらいんだろうか。

 

どうしようか。

 

 

とりあえず、ふふふと笑って、

出されたきんつばを口にほおばるしかない。

にんげんの息子と、しっぽふる息子。

 

家族は、たった20年ちょっとで別々に暮らす。

 

はやい人だと、大学に入学したと同時に、

地元を離れて、就職をして結婚をして、

実家はあるけど両親と一緒に暮らすことは無くなる。

80年ほどの人生で、家族といる時間は、ほんの一瞬だ。

 

 

保険商品を売るとき、かならず家族構成を聞く。

 

お子様は何人か。同居しているのか。

いまでもたまに、帰ってきてくれるのか。

いろんなお話を聞いて、

どんな運用をするのか、

誰に遺したいのかをヒアリングする。

 

医療保険も扱う。

今後の人生で起こりうる病気の話をするのは、

なんとなぁく気が重い。

自分もそうなんだよな、なんて思いながら話をしていたりする。

 

とにかく、保険の話をするときは、

家族のこと、これからの人生のことをしっかり聞く。

 

 

「ご家族は?」と聞くと、

ひざの上でのんびりしている愛犬をなでる人がいます。

「お子様は?」と聞くと、

窓際でジーッとぼくをみる愛猫を呼ぶ人がいます。

 

その人たちにとっての家族は、

毎日をいっしょにすごしてくれる犬であり猫である。

 

 

ペット保険という商品がある。

動物病院の治療費負担をやわらげてくれる商品だ。

はじめて聞いたとき、そんな商品売れるのかなぁって疑問を抱いていた。

たぶん、ぼくはペットにかける愛情と、子どもにかける愛情を、

おなじものとして捉えていなかったからだ。

 

 

営業にまわっていると、

本当にたくさんの家族を紹介してもらえる。

人懐っこい息子さんや、ほっぺたをなめてくる娘さん、

机のしたでぼくの足のあいだをグルグルまわるお姉ちゃんや、

ジーッと怪しんだ目で見つめてくるお兄ちゃん。

 

どの子も、しっかりとお母さん、お父さんの愛情をうけて育っている。

 

 

うちのばあちゃんちにも、犬がいる。

いや、レンという息子がいる。

 

 

うちの父は、ばあちゃんの息子だけど、

この際、ややこしいのでうちの父はうちの父で、

ばあちゃんちの犬が息子で…あぁ、こんがらがってきた。

 

 

 

レンは、父親の兄弟であるおじさんの飼っている犬で、

週に3度、ばあちゃんちに遊びに来る。

 

朝5時半、仕事へ向かうおじさんが、

レンを連れて家へやってくる。

ぼくもたまに、ばあちゃんちから出勤するので、

その時間はもう起きているのだけれど。

それにしても、ばあちゃんも、じいさんも早起きだ。

仕事もしていないから、ゆっくり寝たらいいのに、

早々に目をさましてレンを待つ。

おやつを用意して、散歩の準備をしている。

 

ぼくの朝ごはんよりさきに、レンの朝ごはんだ。

 

うかうかしていると、特等席のソファまで取られかねない。

ぼくと、レンとどっちがかわいいのよ?って聞いたら、

たぶん答えが出ずに出勤の時間をむかえるにちがいない。

 

 

24歳になって、お風呂で大声でドリカムを歌う孫と、

しっぽをふって膝にのっかってくるトイプードル、

いい勝負しているはずだ。

 

 

 

明日、もしレンが病気になったら、

ふたりはどんな顔をするだろうか。

 

入院がつづいて、

もう家に来なくなったらどうするんだろうか。

 

犬の寿命は、人間よりも短い。

それは、どうしようもない事実だ。

ぼくが家族と一緒にいる時間は22年あったけど、

レンとぼくたちが一緒にいる時間はどれだけあるのだろう。

 

 

ペット保険を売るとき、

治療費がばかにならないから入っておきましょう

って言い方はしたくない。

 

 

 

 

 

大切な息子さん、娘さんが、

お客様にくれるたくさんの元気にたいして

なにがしてあげられるか、

その一つとしてペット保険があります。

 

 

 

 

先日、母親に心配された。

 

「あんた、ちゃんと保険とか入ってるんか?」

 

「ちゃんと、はろてるわ〜」

 

どうやら、

当然のことだけど、にんげんの息子は、

独り立ちするとしっかり自分で保険料を納めないといけないらしい。

 


 

 

 

はぁ~

ぼくも日なたでボーっとして、

とつぜんやってきた銀行員にしっぽふって遊んでもらいたいなぁ。

 


ま、それはそれで、

たいへんなんだろうけど。

 

パウエルの人形は、悪友へ。

 

また明日から、月曜日がはじまります。

テレビのスイッチは消して、電気を常夜灯にする。

外はまだ明るくて、もう日曜日が終わると思っていたけど、

もうちょっと遊べるなって気づく。

 

今日は、ラジオのようにひとりごとを書こうと思う。

午前中から、人と会うために大阪へ出た。

駅へ向かう川沿いの道に、えらい沢山の人がいた。

みんなは一様にして、駅からブルーシートや、コンビニの袋をもって歩いてくる。

そうだ。花見だ。

 

 

4月にはいって、急に温かくなり、

営業をしていても汗が出るくらいになってしまった。

コートはしばらくお役目御免。

マフラーと手袋も所定の位置へおやすみいただいた。

 

 

冬が終わると、みんな、春がやってきたことをよろこぶ。

ブルーシートをひいて、食べ物を囲んで、なにやら楽しそうにお話をする。

集まる理由は、「きれいな桜を見るため」なんですよねぇ。

本当にそうなんか?って団体も多数いるけど、

「きれいな桜を見るため」に男女で、家族でワイワイしてるんです。

 

 

休日をたのしく過ごすために、理由なんてどうでもよくて、

ただみんなが集まればそれだけで楽しい。

大学生のときに誰かの誕生日があるたび、

なにかムービーを作ったり、イベントを企画したりしていた。

今思うと、その人を祝福するためを通り越して、

みんなが楽しめるきっかけが誰かの誕生日だっただけなのである。

 

 

先輩の誕生日会は、大学の講堂を貸し切って行った。

『Kさん生誕祭』

と大々的に銘打って、芸能人さながらの大風呂敷をひろげて、

生誕祭実行委員なんかも決めてしまった。

ぼくもその一人として、いろいろ企画を考えたりしてたんです。

そして、Kさんもその一員として、何か面白いことができないか考えたり、

幼少時の写真をムービーのために提供したりしてくれたり。

もはや、誰がお祝いされるのか分からないようなことになっていて、

架空の誰かを祝うために企画を考えているかのような時間になっていた。

 

もちろん、サプライズも用意したのだけれど。

ケーキだってあるし、立食パーティーだって用意した。

 

まったくイケイケの学生団体ではなかったけれど、

先輩の人柄のおかげか、

一般人の普通の大学生の誕生日会とは思えないぐらいの人が集まった。

他大学の先輩後輩までやってきて、みんながプレゼントを持ってやってきた。

 

 

ぼくは、1つのゲームコーナーを担当していて。

それは、Kさんビンゴという企画だったかなぁ。

ルールは、9マスの白紙のビンゴ用紙に、Kさんの良いところを書いてもらう。

そして、本人が順番に自分の良いところを言っていきビンゴをする。

 

人がとても良い先輩だから、真ん中のフリースペースは、「やさしい」にした。

それぞれの人がKさんのことを考えてマスをうめていく。

大穴にかけて、「イケメン」と書く仲良しの人がいたり、

意外にそうだった、「足が長い」を角のマスにうめる人がいたりした。

 

 

自分で、自分のいいところを言っていく、

地獄のビンゴが幕をあける。

一つ目は当然、「やさしい」が来るであろう。

だが、フリースペースにしてしまっているのだ。逃げ場はない。

これは僕からしたら、最大のプレゼントなのだ。

共通認識で、「やさしい」って思われているってことなのだ。

嫌がらせなんかでは決してない。ないですよ。うん。

 

そして、本題。

二つ目、先輩から飛び出した言葉は、

しばらく考える時間があっての、

 

 

「足が長い」であった。

 

 

「ふたつめで外見ってどうやねん!」

って野次が飛ぶ。

しかし、その裏で、ひそかにリーチをかけている人もいる。

Kさんのことをどう思っているかよりも、

どんなことを言うだろうか考えた人が勝つゲームだった。

 

今思えば、さっきも書いたけど、

本人とっては地獄の時間だったかもしれない。

でも、みんながカードをもってワイワイしながら立食パーティをしていたのが、

すごく楽しかった。

 

 

ビンゴの商品は、もちろん、誕生日を祝われる本人に出してもらう。

家にあるもので、いらない物…じゃなくて、

フリマに出すような物を持ってきてもらっていた。

そこにサインを入れてもらう。

 

謎のソフトボールの教本や、

近鉄バッファローズの助っ人外国人パウエルのフィギュア、

テニスなんてやってないのにサイン入りテニスボール。

 

おもしろかったのが、ビンゴになって商品をもらっていったのが、

やっぱり先輩とより近い同回生の人だったこと。

ぼくは、出張何でも鑑定団のように、手袋をはめてサイン入りグッズを手渡した。

そして本人と記念撮影。

どこからどこまでも、K先輩の誕生日は、「楽しむための理由」だったなぁ。

でも、それでもやっぱり、みんなで集まってこうやって時間をすごすことは、

とてもしあわせなやって思った。

 

今でも、たまにその時の話になるけど、

やっぱり、あの誕生日会は良かったなぁって言いあっている。

確実に大切な思い出になってる。

 

 

 

桜が咲いたから、花見を企画しよう。

誕生日が近いから、誕生日会を企画しよう。

 

これらの言葉のあいだには、

(せっかくだしみんな集まれる)が隠れている。

桜を眺めたい、誕生日を祝いたいって気持ちも存分にあるけど、

理由なんてどうでもいいって気持ちもあったりする。

ただみんなで集まっている時間、それがいちばん楽しい、

そのひとつが、いま川辺で行われている「お花見」なんじゃないかなぁ。

だから、みんなボーっと桜を眺めずに、

ワイワイガヤガヤ楽しそうなんじゃないかなぁ。

 

 

 

K先輩の誕生日会の最後。

出口に本人が立って、

参加して下さった人が列をつくって、握手会が行われた。

 

 

 

女性参加者もたくさんいたので、

それはそれでぼくたちからの、

ささやかなバースデイプレゼントだったのですが。

 

 

もちろん、愛はそこに、ありましたよ。うん。

 

 

4月9日 おわり

打球は、歓声ほど伸びず。

 

ラジオを聴いていた。

大好きなプロ野球が開幕して、

大好きな広島カープが今シーズンも好調で、

ドラフト1位、加藤投手のデビュー戦だった。

 

 

ラジコプレミアムに登録しているので、現地のRCCの実況を。

金曜日の帰り道、まだ8時過ぎの電車は比較的すいている。

これがあと1,2時間たったら顔を真っ赤にしたサラリーマンでうめつくされ、

仕事の話がそこら中から聞えてくる地獄になるのだけど、

うまく空いている電車に乗りこめた。

 

 

なんと、まだ加藤投手はノーヒットピッチングであるという。

相手に一度もヒットを打たれていないってことだ。

プロ初登板の試合で、ほとんど完璧な内容である。

 

すごい。

 

ラジオから聴こえる実況は、

家の最寄駅につくまでに徐々に変わってくる。

カープの中継ぎ陣を支えた、横山解説者が冷静なフリをして興奮してきている。

アナウンサーも、爽快感のある声で1つ1つのプレーを教えてくれる。

 

 

スポーツの実況はたいへんだと思う。

特に、ラジオの実況は忙しすぎる。

 

音しか情報がない中で、

野手がどんなスイングをしたか、

投手の投げたボールはどのコースに決まったか、

打球はどれぐらいの勢いで飛んでいるか、

監督はどういう表情をうかべていて、

選手の仕草、球場の雰囲気、

試合のすべてを教えてくれる。

 

これがテレビだったら、画面の映像をみながら、

「あ、あれはスライダーだな」とか、

「入った!これはホームランやろ」とか、

実況が話すまえに自分で判断ができるんだけど、

ラジオはそうはいかない。

 

加藤投手のノーヒットピッチング、

その試合を感じるためには実況の話がすべてなのです。

 

 

あとアウトが12個。

その頃には、駅についてコンビニへ。

今日の晩ごはんは、何を食べようか悩みながらラジオをきく。

生姜焼き弁当か、担担麺か。

野菜も食べないといけなから、サラダも買っておこう。

ついでにアイスもいっときたいけど、牛乳プリンも捨てがたい。

どんどん食べ物をカゴにつめこんで、レジへ並ぶ。

 

ぼくの前に、きれいなお姉さんが並んでいる。

おなじように今日の晩ごはんを買っていて、

弁当の温めを頼んでいる。

そのお姉さんが、お会計をさきにと店員に言われて、

財布から取り出したnanacoカードをみて驚いた。

 

なんと、カープ坊やのイラストが入ったカードだったのだ。

見たことがある赤いヘルメットをかぶって、バットを握った少年のイラスト。

 

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たしかに、それは、いまぼくがラジオで聴いている球団の公式アイテムだった。

 

耳から聴こえてくる情報と、

目の前にうつる情報が、

まったく関係のないところでリンクする。

 

そして、その瞬間に加藤投手が、

ヤクルトの山田選手を三振に打ち取った。

耳から歓声がとびこんでくる。ぼくのテンションも、めちゃくちゃ上がる。

なのに、ボーっとレジに並んでいる。

 

思わず、この感動を共有したくて、

まえのお姉さんに声をかけそうになる。

 

「いま、加藤投手がすごくて、ほんとうにすごくて!

 まだノーヒットなんですよ。一緒に試合を見守りません?」

って話しかけたくなる。

 

やましい気持ちはひとつもないし、

ナンパなんてしたことないけど、

とにかく話しかけたい気持ちになる。

ぼくだけだ独占しているラジコプレミアムの感動を、

分けてあげたくて仕方なかった。

 

 

ま、なにも起きずに、お姉さんの弁当はあったかくなって、

お会計をすませて、カープ坊やは財布にしまわれ、

どこかへ行ってしまった。

 

ぼくは、会社から出ている食事の補助券をつかってお会計。

弁当もしっかりあたためてもらって、

雨がやんだ帰り道を歩く。

 

 

順調だ。

加藤投手の快投はつづいて、その回もノーヒット。

解説の横山も、アナウンサーもだんだんテンションが変な感じになる。

ふたりの会話をさえぎるように、球場のファンの声が聞こえる。

楽しそうやなぁ、ぼくも応援に行きたいなぁ。

独特の緊張感をもって、みんなで野球がみたい。

できるなら、さっきのお姉さんも一緒にみたい。

やましい思いは一切ない。

 

 

歩きながら、野菜ジュースを飲む。

サラダも買ったけど、1日分の野菜を飲む。

つまり、今日の晩ごはんは1日分の野菜+サラダを摂取する。

 

 

7回の表。

あと打者9人を抑えれば試合終了だ。

できることなら、ぜんぶ抑えてほしい。

ドラフト一位のデビュー戦が、

歴史に名をのこすような華々しい試合になる、

その瞬間に立ち会いたい。

 

 

加藤投手が投げるたびに、球場の歓声がきこえる。

打球音と同時に、アナウンサーが状況をぼくに伝える。

 

「ショートがつかんで、一塁へ送球1アウト!」

 

ホッとする。

よかった、まだノーヒットだ。

ヤクルトファンの歓声か、カープファンの悲鳴か、

なにか分からないぼくにとって、

アナウンサーの声だけが頼りなのだ。

 

 

つぎのバッターは畠山選手。

ヤクルトのホームランバッターである。

 

そして、打球音がひびく。

さきほどよりも、大きな大きな歓声が響く。

沸きたつ球場、どうなった、どうなったんだ。

ホームランでも出たような完成だ。

アナウンサーがぼくに伝えてくれる。

 

 

「打球は、歓声ほど伸びませんライトフライでツーアウトです」

 

 

ラジオらしい解説で、すごく気に入ってしまった。

映像がないぼくにとって、

歓声ほど伸びないということが何より分かりやすくホッとする。

プロの仕事だと、ワンフレーズで思ってしまった。

 

 

 

試合の結果は、カープが4対1で勝利。

おしくも加藤選手はあとアウト2つで降板となったが、

見事なデビュー戦勝利であった。

スポーツニュースはそろって彼の活躍を伝え、

ぼくは、ラジオでしか聴いてなかった試合の様子を映像でみる。

 

 

 

たしかに、打球は歓声ほど伸びずにツーアウトであった。

 

 

 

 

 

ティファールのスイッチをいれる父。

 

黄金のような金曜日。

いつだって金曜日は特別だ。

あしたが休みだと思ったら、すこしだけ肩が軽くなる。

仕事のことよりも、あした何をしようか考えていたい一日だ。

 

それにしても今日は、

いつにもまして、街はピカピカと輝きをはなっていた。

 

主役は、背中をおおい隠すぐらい、

大きなランドセルをせおった一年生。

朝9時に、いつも通り営業へ飛び出すと、

街にはたくさんの一年生がいた。

服装は、よそいきのお洒落なワンピースやブレザー。

渋さはまったくない革製品をせおった彼らは、

とても楽しそうに、すこし雨模様の外を歩いている。

どの道を走っても、彼らがいる。

次の角をまがっても、信号の向こうにも。

みんなが1つの場所を目指して歩いている。

 

そうか、今日は入学式なんだね。

少子高齢化が激しいと言われるぼくの営業エリアにも、

こんなにもピカピカの一年生がいたなんて。

うかうか、絶望のような顔をして自転車に乗っていられない。

 

見ているだけで、しあわせが伝わってくる。

あぁいいなぁ、彼らはこれから何年もかけて、

恋をしたり、遊んだり、悔しい経験をしたり、

すべてやりたい放題なんだなぁ。

それにしても、なんて楽しそうに学校へ行くんだろう。

 

 

そして、その隣には、

もっと嬉しそうな人たちが側にいる。

いつもは、ぼくと同じママチャリにまたがって、

スーパーへ走っていそうなお母さんも。

いつもは、ぼくと同じ満員電車に乗って、

汗をダラダラ流していそうなお父さんも。

みんなが、お子様以上によそいきの格好をして、

一年生と学校へ向かって歩いている。

 

 

歩いては立ち止まり、写真を撮る。

また歩いては、桜の木の下で写真を撮る。

入学式に間に合うのかと思うスピードで、

ゆっくりと今日からの通学路をすすんでいく。

中には、ネクタイ姿があまり様になっていないお父さんがいる。

なんとなく、よそいき具合が他とは違う。

 

 

ぼくの父は、サラリーマンではない。

空調関係や水道関係を設置する仕事をしていて。

いわゆる職人である。

だから、ぼくは、父がスーツを着て会社に行っている姿を見たことがない。

小さい頃は、父親は社長だと思っていた。

個人事業主なので間違ってはいないが、

大きな部屋にドンっと座るような社長ではなく、

夏も冬も、外で汗をながして仕事をする職人だ。

朝の5時に仕事へいって、夜の6時に帰ってきて、

リビングに座って焼酎を飲んでいる。

お湯割り用にティファールのスイッチをいれて、テレビをつけて、

あとは知らないあいだに夜がすぎて寝ている。

 

 

どこかネクタイの似合わない、よそいきのお父さんをみて、

ぼくは父親のことを考えた。

 

そういえば、父親のネクタイ姿をみたのはいつだろうか。

 

昨年の春に、おじさんが亡くなった時に、

喪服をきて黒いネクタイを結んだ姿が最後だろう。

その前は、親戚のお葬式だったので、

ぼくは父親のネクタイ姿を喪服でしかほとんど知らない。

父がどんなセンスでネクタイを選ぶのか。

ウィンザーノットで結ぶのか、もっとアレンジを加えた結び方をするのか。

なんにも知らないのだ。

 

たしか、7年ほど前に、ぼくが大学生になったときに、

母親と父親がよそいきの格好で入学式を見にきたと思うけど、

そのときのことは、ほとんど覚えていない。

やっぱり覚えているのは、リビングで焼酎を飲んでいる父の姿だけだ。

 

 

 

仕事をさぼって、いつもの隠れ家で、

ただただゆっくりと揺れる海を眺めながら、

自分はサラリーマンだなぁってつくづく思った。

 

革靴で足をむらして、

上下一緒のスーツを着て、

首にはストライプのネクタイ。

パンパンの営業カバンをもって、

社用携帯をポケットに忍ばせている。

 

 

いまのこの時間も、父は汗をながして、

よく分からない設備をどこかへ設置している。

 

 

ぼくは今年で25歳になるが、自由に、ほんとに自由に生きている。

なんの責任感も無く、出世する気もなく、

ノルマからのプレッシャーを無視するように、

革靴をぬいで、だれもいない海辺のベンチに座っている。

スズメや鳩は、ぼくの存在を無視するように、

一心になにかをつついている。

 

 

18歳でパパになった友人もいる。

ちょうど小学生ぐらいの子どもがいるはずで、

去年か今年に、ピカピカのお父さんとして入学式へ出たはずだ。

はたして、友人はぼくみたいにサボっているのだろうか。

仕事なんてどうでもいいやって開き直って、

海辺でスズメと波を眺めていられるだろうか。

 

父親になるというのはどういうことなのだろう。

そんなことを、ボーっと考えていたら、あっという間に一日は終わっていた。

 

 

 

支店への帰り道、

朝にピカピカだった一年生が、別のよそいき一年生とどこかへ向かっていた。

いきなりできた友だちなのだろうか。

よそいきの服をあんまり汚さないようにしないとねぇ。

お父さんお母さんは、どんな気持ちで今日を迎えて、

いまは家で何をしているんだろうか。

もしかしたら、さっそく写真を印刷してたりするのだろうか。

半休だけもらって、仕事に行っている人もいるんだろうな。

 

 

ぼくの父はいま何をしているんだろうか。

 

 

 

 

きっと、リビングに座って、

ティファールのスイッチをいれて、

テレビをぼーっとみているんだろう。

 

 

そして、次に父親のネクタイ姿をみるのはいつだろう。

 

 

 

きっと、妹の結婚式なのじゃないかな。

そんな予定はないのだけど。

 

 

 

ぼくは、まだまだ、

革靴を脱ぎ捨てて、

スズメと波を眺めていたいのです。